ソラ駆ける虹

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 宣言どおり、翌日から彼女の妨害工作が始まった。


 まずは初日。
 非常に単純でいながら、効果的な手法だった。
 町の人間が通ってくる道に、看板を立てたのである。そこには、こう書かれていた。曰く、

『今日の預言。――家の中で大人しくしていると吉――』

 まさか、冗談のような話であった。けれどこの世界の人間にとって、預言は絶対だ。書かれた内容を見た者達は、素直にこの言葉を信じ、家に閉じこもってしまったのだ。
 町の様子を見に行かせると、まるでゴーストタウンのようにひっそりと静まり返っていたらしい。
 こんな子供だましのような手、考える方も考える方だが、引っかかる相手も相手である。あまりのことに頭が痛くなった。

「いかがしましょう、師団長。あの預言は間違いであると町の者に言って回りますか」
「……。いいよ、別に」
「は?」
「――かまわないと言っているんだけど?」
「は、はっ! 失礼しました!!」

 不機嫌に返すと、殺気に当てられたのか、下っ端兵士は転がるように天幕を飛び出していった。――使えない。次の町に行くとき、あいつは別の部隊に移動させよう。気の毒な兵士の処分をあっさり下して、シンクは思案にふけった。

 今更呼び出して、町の人間に疑念を抱かせる方が都合が悪かった。それに、まだ時間はある。放っておいても、明日にはまた、愚かな連中は預言を求めてここにやって来るのだ。一日空いた所で支障は無い。彼女の些細な妨害など、大した影響にはならないのだ。……まあ、これが何日も続けば、うっとうしいことこの上無いのだろうが。

 やっかいなことを、と思う。同時に――どうしてだろう。なぜか不思議と愉快な気持ちがして。

「今日だけ、だからね」

 ひっそりと呟いた言葉は、誰に聞かれることも無く、降り続く雨音にまぎれて消えた。


 二日目。

 今日は機械の不調だった。どうやら夜の内に、レプリカ情報を抜き取る装置の配線をいじられてしまったらしい。これでは預言を与えると言って、町の人間をおびき出す意味が無い。
 彼女は知らずにしたことだろうが、装置を見られたのは問題だった。見識のある人間に話されては、こちらの計画に気づかれる恐れがある。
 監視の目を厳しく、かつ、安易に外出させないように指示を出す必要ありそうだ。


 三日目。

 どうやら彼女の事を見誤っていたらしい。
 大人しげな、最低限の常識は持っている人間だと思っていた。けれどその予想は、完膚なきまでに叩き潰された。
 行動を制限された彼女は暴挙に出た。出してもらえないなら、無くしてしまえばいいと、押し込められた天幕を解体してしまったのだ。
 当然、天幕は崩れた。その下敷きになりかけた彼女を、偶然にも見つけてしまったことは幸だったのか不幸だったか――。
 とっさに体が動いて、彼女をかばう。だからと言って、倒れてくる天幕を支えるだけの力は無い。
 攻撃用の譜術を応用して衝撃を起こし、脱出。なんとか無傷ですんだが、一歩間違えれば生き埋めだ。何でこんな無茶をしたのか。怒鳴りつけたくても、当の本人は気を失ってしまっている。

 ひとまず、医術の心得もある研究者に、彼女を預けることにした。


 四日目。

 軽い脳震盪を起こしただけだった彼女は、翌日には全快し、元気に妨害工作の案を練っていた。あまりのことに、こちらの方が脳震盪を起こしそうだ。
 これはいい加減に釘を刺しておかなければならない、と、ああでもないこうでもないと策を練る彼女に、警告の言葉を投げる。
 突然現れたシンクの姿に驚いたは、ほっとしたように微笑んで、――何が、嬉しいんだか――迷惑をかけたことを詫びた。
 まったくだ。これにこりたら、少しは大人しくしていて欲しい。
 そう言うと、途端に彼女は肩を落とした。「巻き込んでごめん」とか「怪我は?」とか、何とか。
 ひたすらシンクの身を案じている。特に脱出の際に譜術を使わせてしまったことが、ずっと心に引っかかっていたらしい。これじゃあ本末転倒だと、地面にめり込みそうな程に反省している。
 そんなに後悔しているなら、妨害なんて止めればいいのに。
 そう言うと、それとこれとは別だと、彼女は憤慨した。どうあっても、彼に譜術を使わせるのを止めさせたいらしい。

『自分から、自分を痛めつけるような真似はしないで欲しい』

 彼女が望むのはそれだけだった。軟禁という、自分の待遇の改善でも、教団の方針に背いて人々に預言を与えていることに対する批判でもない。

 ――君が、大事なんだ。

 繰り返し告げられる言葉に、世界が揺れる。

 違う。そんなこと、あるはずがない。騙されるな。期待するな。きっと彼女にも、何か、裏の意図がある。信じない。自分の存在など、もう――。
 思考の渦に意識を取られた。その一瞬の出来事だった。糸が切れた人形のように、唐突に。

 彼女が倒れた。


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