ソラ駆ける虹

モドル | ススム | モクジ

  25  


 翌日、モノ言いたげなイミル爺さんと最後の別れを済ませ、はザオ遺跡の中へと入った。

 最後にこの遺跡を訪れたのは外殻大地降下前だったか。その時とは、様相がだいぶ異なっていた。以前訪れたことがある場所はそのままに。けれど、さらにその奥――液状化した大地の下にうずもれていた地下通路。そことザオ遺跡がつながったのだ。入り口にはレムの塔で見た言葉と同じものが刻まれている。
 しかし、それはずいぶんと短いものだった。
 
『光に変え、道を作らん』

 それだけだった。
 創西暦時代の字は読めんじゃろうと、イミル爺さんに持たされたメモ書きと同じ。そして、レムの塔で視(み)たイメージと同じものだ。ここで間違い無いと思うのだが……。

 ごくりとつばを飲むと、覚悟を決めて、はその先に足を踏み入れた。





 ――青。
 いつもよりひどく近い空を見上げて、シンクはしばし時を忘れた。あの、溶岩の穴倉にあった研究所では、考えられなかった光景だ。見上げる先は岩壁に阻まれ、吹きつける熱風は息をするたび内腑を焼いた。  外に出る自由などあるはずも無く、ときおり垣間見る空は全て監視下の中で見たものだった。
 全てが作り物めいた世界。その中で

『イオン、ほら、虹』

 二人の周りだけが、雲間から覗いた陽光に照らされたように、きらきらと輝いて見えた。死に行く導師イオン<オリジナル>と、そのそばに寄り添う一人の女性。
 公務の合間の休憩だったのだろうか。中庭にいる二人の姿を遠に見つけるたび、シンクは不快感を覚えながらも、どうしても目を放すことができずにいた。

『きれいだね』

 微笑む彼女の姿を見ることがたまらなく嫌だった。だから、いつもイオン<オリジナル>の姿ばかり追いかけていた。いつもどこか諦めたようにしていたイオンが、彼女といるときだけは、ひどく安らいだ様子で笑う。
 その光景はとても綺麗で――同時に、胸が締め付けられるような痛みがあった。



 今考えても、あの感情に説明がつけられない。嫉妬……ではなかったように思う。そんな感情を呼び起こすほど、彼女に焦がれてもいなかった。

 壊したいとも思わなかった。二人はそうあることが当然であるかのように、自然に寄り添っていたから。
 だから諦めたのだ。所詮、手に入らない遠い世界の話だと。例えイオンと成り代わったとしても、手に入るはずも無い。
 レプリカとの入れ替えに気づきそうな部外者は、全て排除される予定だった。

 結局、シンクがイオン<オリジナル>と入れ替わる事は無かった。不良品とされたためだ。廃棄処分を免れたのは、その間際にヴァンに拾われたからだ。
 仮面の下に顔を隠して、ダアトに戻り。
 ふと思い出して彼女を探したけれど、その姿はどこにも見あたらなかった。予定通り、オリジナルに近しい人間は、遠ざけられるか、処分されるか。
 きっと彼女もそうなったのだろう。そう思っていた。そうしてずいぶんと長く忘れていた。ただ記憶の片隅に二人の姿だけを残して、あまり思い出さなくなった。
 そんな時だった。砂上の戦艦で、彼女に再会した。

『君は……』

 面で隠していたのに、なぜか彼女には僕だと分かったようだった。久しぶりに会った知人に対する親しさでこちらを見る彼女の両腕は、神託盾兵士に捕らえられていた。

『何でこんなところに――。捕まえられるような何かをしたの、アンタ』
『それが、私にも良く……。空飛ぶ椅子に座った変な人に急に連れて来られて……』

 それで分かった。ディストだ。彼女の何が引っかかったのか知らないが、こそこそとしている実験の材料にしようという魂胆だろう。
 どうにも面白くなかったので、彼女を逃がすことにした。

『ありがとう』

 荷物も何も持たずに攫われて来た様子だったから、最低限のものを渡して出て行けと言った。彼女は少し驚いた様子で渡された荷物を見て、シンクを見て笑った。

 笑った。その顔を見て。

『……』

 無言で、掴まれていた腕を払った。思い出したのは、あの時の二人の姿だ。どうしても手の届かなかった光の中の記憶。それがこんなに近くにある。それが恐ろしくて――そう、恐ろしくて、逃げるように背を向けた。



モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2009 All rights reserved.