アスタリスク
3
「どこに行くの!?」
「格納庫だ――!」
走って走って。たどり着いた先はやたら広い空間だった。
「こっちだ、急げ!」
所狭しと並ぶ機械の間をすり抜け、さらに走る。
時々、誰かの叫ぶ声や何かが破裂する音がしたけれど、それすら構わずに。
そうして奥のほうまで行き着いた時、私は信じられないものを見た。
「ゲ、ゲッター!?」
とういかロボ?
デデン、とやたらとでかい物体が、この倉庫の主は俺だと言わんばかりに堂々と立っていた。その姿は昔流行ったロボットアニメに出てくる姿そのもので、その想像以上のばかでかさと質量の大きさに言葉を失う。
爆発の影響か機体を照らす照明がいくつか消えていたけれど、それでもおぼろげに判別できた。人間の姿に似せたロボットが2体、薄暗い倉庫の中に瞳を閉じてたたずんでいる。
「――どうなってるんだ! 情報では5体あったはずだぞ!」
釘付けになっていた目を離して振り返ると、愕然とした少年の姿があった。
目が零れ落ちるんじゃないかってぐらい大きく目を見開いている。
だ、大丈夫だろうか。今にも気が触れてしまいそうなくらい驚いてるみたいなんだが……。
「さっきの爆発といい、作戦と違いすぎる。いったい、何が……」
「あ、あの……何なんですか、これ」
彼は一瞬深く視線を落とした後、の質問には答えず表情を引き締めた。眼前にあるロボットの2体の内のひとつに近寄り、開いていた胸の部分に飛び乗る。
恐ろしいほどの速さで電源を入れ、キーボードを叩き、モニターをつないだ。
「こちら認識番号200525、アスラン・ザラ。ヴェザリウス、応答願います。ヴェザリウス、応答願います」
『……スラン……アスランか?』
「ラスティか!?」
ところどころ入る雑音と同時に、男性の声が響いた。どうやら知り合いらしい。少年――アスランと言う名前みたいだ。そういえば、名前を知らなかった――の表情が一瞬和らぐ。
そんな二人のやり取りを覗き込むようコックピットに体を寄せ――何か物音が聞こえた気がして、振り返った。
「…が……っ」
「?」
今度は人の声がした。モニターから顔を上げ、機体から体を離す。
少し離れた位置にある格納庫の扉が開いている。通路の下を覗き込むと、なにやら数人の作業員らしき人たちがこちらを指差している。
「どういうことだ。なぜ作戦時刻が変更になった?」
『予定が急に変わったんだ。強襲作戦に変更になった。詳しくは聞かされていないが、回収予定の機体はデータだけ取って足つきごと爆破。俺たちはヴェザリウスの主砲が届くまでの時間稼ぎを、と』
「……何だって?」
『お前達はもう脱出したと聞いてたんだが……今どこだ? 何かトラブったのか?』
「――どういうことだ? 俺たちは何も――」
「話し中にごめん、何か人が来たみたいなんだけど」
悪いとは思ったが、とっさに口を挟んだ。だって、指差してる人たちの形相が半端無く怖いんだ。私の目が腐ってなければ凶器――銃、みたいなものまで持っている人もいる。
「――追手か」
駆け寄ってくる人たちを見て、アスランの顔が再び引き締まる。
すぐに機体に戻り、コンソールに視線を走らせた。
「とにかく、この2体だけでも回収する。、隣の機体を頼む」
「へ?」
「ラスティ、俺たちはまだ足つきだ。これから例の機体を回収して脱出する。援護を」
『――マジで……? あ〜了解。準備できたらまた連絡してくれ』
「了解」
言葉少なにアスランは通信を切った。ちらっとこちらを見て、最初いた場所から一歩も動いていない私の姿に、不機嫌そうに眉を寄せる。
「何をしてるんだ。早くしないと奴らが来る」
「ちょ、ちょっと待ってよ。無理だって。私こんなの乗れないってば」
言いながら、私は慌てて彼が乗り込んだコックピットに近寄った。
乗るどころか、もう1体の方は入り口すら空いてないのだ。開け方も知らないんだから乗りようが無い。
「情報処理が専門とは言っても、動かすことぐらいはできるだろう? 何も戦闘起動をしろと言ってるんじゃない。退路は俺が確保するから……」
「だから無理言わないでって。できないものはできないよ。こんなの、見たことも聞いたことも無いんだから」
あ、見たことはあるかも。漫画かなんかで。
思い出すようにあらぬ方を見る私を、少年はいぶかしげに見ている。
「見たことも聞いたことも? 。お前さっきから何を言って――」
「いたぞ! そこを動くな!!」
はっと振り向くと、階段を上りきった男と目が合った。男の手にはテレビでしか見たことの無いようなモノが握られている。
格納庫の非常灯が、銃口を冷たく照らす。その非現実的な情景に気を取られていると、ものすごい勢いで腕を引かれた。
「え――?」
「馬鹿、何やってるんだ! 死にたいのか!?」
激昂するアスランの声が響く。その横で、金属のはじける音がした。同時に機体のシャッターが閉まる。
「くそっ、出るに出れないか……」
苦々しく、彼は眉間を寄せた。苛立たしげに髪をかき上げ、キーボードに手を滑らせる。
『外からじゃ開けられないのか!? システム関係がわかるやつは?――多少機体に傷がついても構わん。早くこじ開けろ!』
激しい怒鳴り声と、何かの機械が動くけたたましい音が響いた。実際の音声……ではなく、何か外部のセンサーから取り込まれた音らしい。音はシートの後ろから聞こえたが、アスランは閉まったばかりのシャッターを鋭い目でにらんでいる。
「……こうなったら仕方がない。この機体だけでも回収して脱出する」
不意に、体に圧力がかかった。
――動いたんだ。不安定にゆれる体と外部を移すモニターの動きから分かった。
「シートの後ろに移動してくれ。邪魔だ」
「ちょ、だめ。無理。だって……」
「、いい加減に――!」
聞き分けのない相手に苛立ちを隠せず、アスランは声を荒げた。そんなにすごまれたってどうしもうもない。だって――。
「腰、抜けた」
「は?」
「立てない」
「…………」
「ご、ごめんなさい」
しおしおと頭を下げると、まるで異生物を見るような目で見られた。
ちょっと待て、なんだその目はこっちはちゃんと謝ってんだぞ!
むかっ腹は立ったが、私はお行儀よく黙っていた。一応これでも足手まといだって自覚はある。それに、ここで外に放り出されても心底困る。できるだけ低姿勢を心がけた。
「すみません。腰が抜けたので立てま…」
「分かったもういい」
馬鹿丁寧にもう一度説明しようとしたら、きっぱりはっきり断られた。手のひらを前に出すという、完全拒絶のジェスチャー付きで。
アスランはこめかみに手を添え、深くため息をついている。
……悪うございましたね、めまいがするほど腰抜けで。
「もういいから、しっかりつかまっていてくれ。……追っ手がかかったな」
ちらりと上げられたアスランの視線につられて、コックピット上部に取り付けられているサブモニターを見た。おそらく機体の後方だろう。格納庫で見た、今乗ってる機体とは似ても似つかないほど不恰好なロボや戦闘機みたいなものが映っている。
あまりにも現実味のない光景だが、先ほど髪をかすめた銃弾が、これは紛れも無い現実だと私に思い知らせてくれた。
「お、追ってきてるの――?」
「重要機密の機体を奪取されたんだ。当然だろう」
怜悧な美貌が、冷たい言葉を口にする。ビビッてあわてている私を切り捨てるように。
当たり前じゃないか。こちとら世界で有数の治安のよい国で平々凡々、のほほん生活を満喫してきた日本人だぞ。泣き喚いて逃げ出さなかっただけでもすごいと思う。爆発に巻き込まれたり、銃で撃たれかけたり。こんな修羅場に会ったら誰だってびびって――。
……ん? いや、誰だって……。
…………はて。
ふと思い至った結論に、ようやく私は合点がいった。
この現状を解決するすべての答えにはならないが、これなら初対面のはずの彼の不可解な態度にも説明がつく。問題点といえば呼ばれた名前が確かに私のものだったということだけど、同じ名前の人間なんて、世の中腐るほどいる。だから、そう。きっとこれは――。
「分かった。きっと君は人違いを――」
「――しまった! 、受身を!!」
「……はい?」
ガコン。
硬そうな音がしたと思ったら、またまた目の前に火花が散った。
避けられたと思った本日二度目のダイブインはどうやら時間差で確実に私を襲ってきたらしい。ご丁寧に鼻をはずして、額の辺りから。
――あたま、絶対……へこん……だ……。
薄れ行く意識の中で覚えているのは、焦ったようなアスランの声と、星灯りのようにチラチラとまたたく、点滅灯の明かりだけだった。