アスタリスク
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相当ためらっていたようだったが、結局キラは付いてきた。
何やら思いつめたような様子での後を黙って歩く。
そう、無言だ。
いや、逃亡中なんだから、陽気に雑談しようぜ!なんて言うつもりは無いが、何とも居心地が悪い。
そんな重苦しい雰囲気に耐えかねたが場つなぎに、と壊れた通信機を披露したら、なんと彼はあっさり電波を繋いでくれた。何やら――波長? だか何だかのダイヤルが狂っていただけらしい。
それまでの苦労を思って、は一瞬立ちくらんだ。地面にダイブしかけた。
もちろんフリだけだ。こういうのは気分の問題である。
ただ、焦ったように声を荒げるキラに『こいつ案外お人よしだ』と理解する良い機会にもなって、思わぬ副産物に、はにんまりとほくそ笑んだ。
『無事か? ったく、……勝手に単独行動なんてすんなよ。いくら腕にも自信がある特務官様って言っても、作戦なんだぜ?』
いや、自発的に一人になったんじゃなくて、はぐれただけなんですが……。
つーか自信ってなんだ。無いよ!そんなの。一般人だぞ、私は。
冗談で言ってるのは分かるんだが、状況を考えてくれと言いたい。
こそこそ移動しながらは恨めしげに文句を並べた。
『悪い。ちょっと浮かれててさ。――喜べよ。ここが当たりだ。歌姫はこの基地にいた』
「マジ?」
さらりと告げられた言葉に、は一瞬耳を疑った。
うそだ。そんな都合のいい話あってたまるか。
『こちらの方で保護した。今、逃げてる真っ最中だ』
あったらしい。
得意げなミゲルの様子に、思わずため息が。
「事実は小説よりも奇なりっていうけど……」
「……?」
「いやこっちの話」
訝(いぶか)しげにこちらを伺うキラにひらひらと手を振って、通信機に意識を戻す。
二人は今、小さな物置部屋にある資材の裏に隠れている。連絡の取れたミゲルが、迎えに行くからと言って誘導した場所がここだったのだ。
ぶつりと切れた通信機を前に二人そろって座りこみ、応答を待つ。
しばらくして、通信機が復活した。指示されたとおりに通路を駆け、ミゲル達との合流地点を目指す。
見つからないように、と神経を尖らすに、所々で冗談交じりの軽口を叩くミゲル。
そんな彼に、なんだかんだ言ってもすごいやつだな、とは感動した。とがった神経をうまい具合に反らしてくれている。面倒見が良いんだろうな、たぶん。
『もうすぐそっちに付くから、ちょっとそこで待ってろよ。くれぐれも、面倒ごとなんて起こすんじゃねーぞ』
「はいはい。しかし、優秀なナビ君ですね。ここまで本当に誰にも会わなかったし」
『前情報もあったし、さっき基地のホストに潜り込んでデータ洗ったしな。けど、な……』
それまで調子の良かったミゲルが急に言いよどんだ。
短い付き合いだが、彼がこんな風にためらうなんて、珍しい。
「……ミゲル?」
『この基地、何かおかしいぞ。潜入前に調べた作りと実際の作りが、まるで違う』
それはも感じていたことだ。素人の自分が気づいたくらいだから、本職の彼らにしたら憂慮すべき事体だったのだろう。
潜入する前、念のためにと簡単な地図をみせてもらったのだ。けれど、ここまで区画が小刻みに整理されているとは少しも書いてなかった。
途中から建物内部のつくりがまるで違っていたのも、が彼らからはぐれてしまった原因の一つだ。
『その上、基地のあちこちにコーディネイターが軟禁されていた。他の隊の奴等も保護していて――そういや、お前もだったか――俺も何人か保護したが、数が半端じゃない』
「半端じゃない?」
『少なくとも十人はいる。今聞いてるだけでもな』
苦いものを飲み込むようにミゲルは言う。
「……それって多いの?」
『ふざけてんのか? 捕虜をつなぐ施設があるわけでもないこんな場所に、この数は異常だろ。その上、捕まってるのはザフトの人間じゃない。戦闘で負けて捕まった捕虜じゃないんだ。民間人がこんなに捕まってるなんて、聞いてないぞ』
苦々しくはき捨てるミゲルに、は言葉を失った。
隣に座るキラを見ても、彼は暗い顔をして黙るばかりだ。聞いてくれるな、と言うことらしい。
――これは、根が深いな。
微妙な問題のようだ。
最初から最後まで手に余る事体に、は今日一番の深いため息を付いた。