ソラ駆ける虹

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 気持ちの整理がついたのは、一夜明けて、日が暮れてからのことだった。
 日中、天幕の外は人の気配にざわめいていた。どうやら、町の人に言っていた準備とやらが整ったらしい。門戸を開いたシンクたちに、預言(スコア)を求める町の人達が殺到したのだ。

 その喧騒は、夜遅くまで続いた。その応対に忙しかっただろうに、捕虜であるに対する扱いは、そう悪いものでもなかった。食事は必ず支給されたし、求めれば、茶や菓子の類まで出してくれた。
 驚いたことは、天幕の外に出る許可をもらえたことだ。さすがに町の人達がいる辺りに行くことは許してもらえなかったが、気分転換に天幕の周りをうろつくぐらいは構わないとのことだった。もちろん、見張りがついてのことではあったが。

 この監視役、というのが、どうにも奇妙な人物だった。瞳に生気が感じられない。ただぼんやりと、天幕の外に立っている。問いかければそれなりの答えを返してはくれるが、それだけだ。およそ自分の意思を持っているようには見えなかった。
 不思議に思いはしたが、口にするのは止めた。なにぶん、こちらは捕虜の身だ。下手に情がわかないように、そういう人材を選んだのかもしれない。そう思うようにはしたけれど、見張りへの不信感は消える事は無かった。




 そんな奇妙な見張りにうながされて、は天幕を出た。所々、松明が焚かれた中を歩く。
 ここだと示され、目的の場所を見る。
 に与えられたものと同じような大きさの――この一行を引き連れる預言者のものとは思えないくらい質素な天幕。この中に、彼がいる。
 緊張にこわばる喉をごくりと動かした。

 止められるだろうか。自分に。

 とても勝算の薄い戦いだ。震える手。動悸が強まる。
 シンクが、自分を生み出した原因になった預言(スコア)と、この世界を憎んでいる事は聞いていた。それゆえに、預言とその預言に縛られる世界を滅ぼそうとしていたヴァン・グランツに加担していたことも。
 預言を憎む彼が、率先して預言を詠んでいる。そのことが、どうしてなのかにはよく分からなかった。なぜ、と思った。ようやく世界が預言から離れようとしているのに。
 なぜ今頃になって、そのようなことをするのか?

 理由は分からなかった。けれどやらねばならないことは分かった。――止めなければならない。

 おそらくこれも、何か恐ろしい計画の一端なのだろう。アニスがイオンの傍を離れている理由を、は少しだけダアトで聞いていた。
 何かが動こうとしている。
 暗躍を続ける六神将達の行動は、新たな陰謀を感じさせていた。この『旅の預言者』と呼ばれる一行にしても、神託の盾騎士団の数や規模から、背後に何か大きな人物がいることも予想がつく。
 彼は、――彼らは、まだあきらめていないのだ。

 自分に何が出来るかはわからない。説得したぐらいで止めてくれるなら、地核降下作戦の時の導師の説得で、もうとっくに止めていただろう。
 そう考えると、自分がどれほど無意味なことをしようとしているのか、理解できるというものだ。人の心は、一朝一夕で変わるものでは無い。

 導師の顔が頭に浮かんだ。世界の存続を望むその言葉。同じように願い、力を尽くす、その仲間達の姿も。
 旅の途上で会った人達。ちょっと変ったマルクトの皇帝。彼の守る水の都。店長や、イミル爺さん。厳しく優しい、まるで砂漠のような町の人達。
 その誰もが、この世界で生きている。生きているんだ。


 大切な人達の姿がくるくる回る。その彼らを思い出し、は気持ちを決めた。天幕を開ける。顔を上げる。その瞬間までは。

「――っ、シンク!?」

 その瞬間すべての思いが吹き飛んだ。
 天幕の中、シンクが一人苦痛にあえぎ、倒れていた。


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