ソラ駆ける虹

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「どう言うこと? 完治したんじゃなかったの?」

 すぐさま先日治療をさせた研究者にシンクは詰め寄った。彼女は、今、別室の寝台で横になっている。
 どうやらその研究者は昨日から寝ていなかったらしい。妙に血走った目で、ふらりと立ち上がると、幽鬼のような表情でシンクを見た。

「それは……こちらの台詞です。何なのですか? あの被験者は」
「被験者?」

 はっとして周りを見た。情報の抽出と分析のために置かれた装置。それらが光の点滅を起こしながら、ものすごい速度で演算を行っている。
 おかしい。自分たち部隊の目的は、人類のレプリカ情報の抽出と保存だ。それらは対象者がいる時にだけ行われるもので、分析など必要ない。なのに、まさか――。

「彼女の情報を取ったのか!? そんなこと、するようには言っていないはずだぞ!」
「するな、とも言われておりません」

 シンクの叱責に、相手の研究者はしれっとして答えたものだった。
 六神将を相手に、ずいぶんと肝の据わった態度である。それもそのはず。世界を――人類を滅ぼして、そっくりそのままレプリカと入れ替える。そんな計画に加担するような人間だ。
 どいつもこいつも、一筋縄ではいかないほど、ひどくどこかが歪んでいた。

「……レプリカ情報を抜き取られた被験者は、かなりの確立で検査の弊害を受けて死ぬ。ボクは彼女の治療をしろとは言ったが、それ以上を許可した覚えはないんだよ!」

 怒りと共に打ち付けた拳が、机の上の資料を宙に浮かせる。
 どうしてこんなに激昂するのか分からなかった。ただ、無性に腹が立った。勝手な行動をした目の前の男にも。無茶して倒れて、情報を抜き取るような隙を見せた彼女にも。
 原因になった、自分にも――。

「そんなことより、師団長」

 無神経な男は、どこまでいっても無頓着だ。激昂するシンクを意にも介さず、己の興味のおもむくままに振舞う。

「アレはいったい何なのです。音素情報が尋常では無い」
「何?」

 予想外の言葉に気勢がそがれる。男は演算装置に目をやりながら、腑に落ちない様子で目を細めた。

「常人が持つ音素量に比べ、きわめて低い数値しか、音素情報を持っていないのです。こんな事はありえない。そんな生き物が、この世に存在するはずがないのですが」

 頭をひねる男に言われ、ふと疑問が湧き上がった。――彼女は、一体、何者なのだろう? いつの間にか導師のそばにいて、彼に近しい人間として、教団にいた。そんな存在を、ヴァンが許容するはずが無いのに。
 そう言われてみれば、彼女に関する情報は驚くほど少なかった。どこで生まれたのかも、なぜダアトにいたのかも、知る者は誰もいなかったのだ。

「彼女は、本当に『人』なのですか?」

 割れ鐘のように頭が痛む。
 ひとつだけ、それが許されるモノがある。生まれも無く、被験者としての秘密を抱えた導師のそばにいることを許される、可能性を持つ唯一の存在。肉の塊。

 ――レプリカ。


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