折れてしまいそうだった。
次に訪れたのは、兵達でごった返す中庭であった。
収容を終えたばかりの部隊や、それらを各所に割り当てる兵士たち。
他にも、物資の分配や負傷者の有無を確認するものたちでにぎわっている。
そんな中、予想もしなかった人の姿を目にして、千尋は思わず声を上げた。
「あなた、まさか……」
「――姫様!」
くしゃくしゃの笑顔で手を振ったのは、皇軍に襲われたとき真っ先に盾となって千尋を守ってくれた、青い布を巻いた近衛兵の一人だった。
「良かった、無事だったのね」
まさか果たせるとは思ってもいなかった再会だ。思わず千尋の目が安堵に潤む。
そんな大切な主君の様子に感極まって、男も涙を浮かべた。
「姫様こそ、ご無事で、なによりでございました。あの混乱に紛れて姫様の姿を見失ってから、我らも必死で姫をお探し申したのですが」
あの後どうにか押し寄せる敵の第一波は食い止めたものの、続々と押し寄せる波状攻撃になす術も無く、皆散り散りになってしまったらしい。
その中でもこの男は最期まで粘った部類にあったそうだが、
「葛城将軍の双剣の力に当てられて、不覚ながらも気絶してしまったのです。おかげでこうして命を永らえているのですが……」
目映い閃光に突風。その中で意識を失ってしまったため、忍人達がどうなったかまでは分からないらしい。
意識が途切れる最後の瞬間、仲間達はかなりの数の兵に囲まれていたらしいが。
(――忍人さんが破魂刀を抜かざるを得ないほどの状況なんて……)
千尋の胸に暗い影が落ちる。
救いを求めるように仰いだ空の先には、今だ、全てを睥睨するかのように輝く黒い日の姿があって。
(みんな、無事だといいのだけれど)
天は答えない。
ただ、痛いほどの日の矢が、無言のまま降り注ぐだけだ。
重い胸を、さらに突くような不安がこみ上げる。
「心配するな」
ふるりと震える千尋の肩を掴(つか)んだのは、影のようにその後ろにいたアシュヴィンだった。
大きな手のひらが、まるで包み込むように、不安に揺れる千尋の心をゆるく捕らえる。
「先ほど、先見を出した。ちりぢりになってしまったが、生きていれば必ず会える。お前と言う徴(しるし)に向かって、必ず戻って来るさ。お前は、ここで待っていればいい」
その、ささやく様なかすれ声と、肩に触れる柔らかなぬくもりに。
折れてしまいそうだった。
涙を流してはいけない。上に立つもののそれは、下に不要な不安を与える。だから必死で堪えていたのに。
背から受ける優しい声が、千尋を一人の少女に変えてしまう。
髪を短く編み上げた少女が、遠くで何かを叫んでいる。
その、言葉の切実さに――。
千尋はもう、耳をふさぐことが出来なかった。