にゃんこ天国
プロローグ
それほど大きくは無いけれど、それでも絶対の安心感を与えてくれる、優しい手。
その手に頭を軽くなでられ、私は深い眠りの淵から少しずつ上に上がっていく。
「ってば」
困ったような声が私の耳をくすぐる。
呆れた顔で、でも仕方がないな、と笑う彼の笑顔が見えた気がした。優しく私の頭を撫でていた手が首筋を伝って背中に流れる。
――くすぐったい。
身震いして、眠りの邪魔をする彼の手に抗議の意味をこめて頭を擦り付けた。
「こら、。くすぐったいよ」
くすくす笑って手を離す彼。その彼を追って、私も顔を上げた。
窓から差し込む明るい光が、朝の訪れを告げている。その光に照らされて、彼――伊藤啓太が満面の笑みを浮かべていた。
「さぁ、朝ごはんだよ。食堂に行こうか」
「にゃ〜ん(ごはん〜)」
立ち上がった啓太に習って、私はとんっとベットから飛び降りた。宙で体をひねってバランスを調整して、音も立てずに床に降り立つ。
細いながらもしっかりとした 4つの足は、私の小さくなってしまった体をちゃんと受け止めてくれた。
「今日は魚があるといいね、」
「うにゃ〜おー(魚は骨があるからやだ)」
「俺、今日は秋刀魚の塩焼きがいいなー。さ、早く行こう」
私の上げた不満の声にも気づかず、啓太は廊下へ向かった。こういうとき、言葉が通じないって不便だなと思う。
ちょっとむくれて、私は啓太の後を追った。
私の名前は。性別、女。
現在BL学園1年生、伊藤啓太の部屋を寝床とする、一匹の猫である。