アスタリスク
-14-
「も、もう大丈夫かな?」
雰囲気を変えようと、当たり障りの無いことを口にする。
耳を澄ますと、あれだけ騒がしかった物音がしなくなっていた。
さっきまでの喧騒が嘘のように、外は静まり返っている。その落差が不気味なぐらいだ。
「助かった、かな?」
半信半疑ながらも、少しほっとして息を吐く。
冷静になって見回すと、この位置は非常にまずかった。と、言うより、この部屋自体がよろしくない。
ベット以外に家具らしいものが無く、クローゼットも無いから隠れる場所なんてひとつもない。特にこのベットは入り口から直線の位置にあるから、部屋に入ってきたらすぐに見つかる。隠れるようにしゃがんだって、一発でばれるだろう。
「……馬鹿か、私は」
もうちょっと隠れようがあるだろうに。ドアのすぐ横で気配をうかがう、とか。ドラマみたいに。
――いやいやいや冷静になれ自分。そんなうまいこと行くはず無いじゃないか。
ドラマの中ではかっこいい刑事がやる役どころが、ここでの主演は、情けな系なら追随を許さない私である。
主役の足をひっぱるおとぼけ後輩がせいぜいであろう。
「バナナの皮でこけるとかやりそう。普通にやりそう。マジかんべん」
「……バナ?」
「何でもない何でもない」
ついつい出した言葉に反応があって思い出した。
そういえば、主役張れそうな人物がここにいたんだった。
茶色の髪の少年は、さも不審なものを見るような目つきでこちらを見ている。いくらなんでも、そんなキ○ガイを見るような目で見られると傷つくんだが……。
はこっそり胸を押さえた。
あまりの精神的ショックにさすがに抗議しようと口を開いて、そして、ふと思い出した。
そういえば名前聞いてない。私も名乗ってない。自己紹介を、なんて余裕が無かったのはわかるけど、無いと不便だ。こういう時に絡みづらいではないか。
『はろー』『ないすてゅみーちゅー』『まいねーむ、いず――』
異国の人と交わす言葉として最初に習うのも当然だ。これが無いと話が始まらない。
教科書の構成方式に、そんな場合じゃないと分かっていながらも深く感じ入ってしまった。
「私、。君は?」
「…………」
「おっけ了解。君のこと、名無しの権兵衛……は長いから、ごんべくんって呼ぶから」
「――、は?」
「よろしく、ごんべくん!」
すっごい良い笑顔で手を差し出したら、彼はもう本当に『何この生き物』とでも言った風に、差し出された手と顔とを交互に見る。
こいつ本気か、と言う目だ。うん、よくそういう目で見られるよわたしー。だから慣れてる。マジ本気。
口の端を上げてにっと笑うと彼の顔がすぅと青ざめた。そして、
「――っ、キラ!キラです!」
案外単純に彼は反応を返してくれた。
重畳重畳。少し戸惑ったようだったけれど、ちゃんと答えてくれたよ。どこかの本で読んだやり口だが、意外といけるもんだ。変なところで感心した。
ファーストネームのみだったが、別に家名を聞かないと困るわけじゃないので、特に何も聞かなかった。自分もディックスなんてなじみの無い苗字を名乗るつもりはないから、ちょうどいい。
「じゃあ、キラ」
教えてもらったことだし、早速呼ばせてもらう。
君でもつけようかと思ったけど、こっちに来てからの習慣で何となく呼び捨て。いいかどうかは後で聞こう。それより先に聞かないといけないことがある。
「とりあえずさ。逃げない?」
コレ使えば壊せると思うよ、それ。
そう言って指差された銃と手錠を見て目を見開いた彼は――。
最初見たときより、よっぽど人間らしく見えた。