アスタリスク
-16-
『まずい、追っ手だ!』
事体が動いたのは、ミゲルの切羽詰った叫びからだった。
息を飲む音。同時に、激しい爆発音がする。
通信機のランプが電波異常を示すオレンジに変わって、ひどい雑音がスピーカーから流れた。
「ミゲル!?」
『ラステ……を先に……! ……にミ……い……から、合流……て』
ノイズがひどい。向こうで何やらミゲルが言っているみたいだが、内容はほとんど聞き取れなかった。これではこちらの声も聞こえているか疑わしい。
『足止め……。……行け!』
それを最後に、ランプが消え、通信が切れた。
「……どうしよう……」
所在無く肩を落とすを、キラは静かに観察していた。
そして永遠にも似た重く苦しい沈黙の中待つことしばし。
「ラスティ!」
「――か!?」
ピンクのお姫様の手を引き、駆けて来る赤い頭が目に飛び込んできた。途端に砕けそうになる足。
自覚は無かったけれど、どうやら自分はひどく緊張していたらしい。顔見知りを見つけて、うかつにも涙ぐむほどには。
「――ミゲルは? みんなはどうなったの?」
そんな照れを振り払うように、一番気になっていた事を問いかけた。
ふと、歌姫と目が合った。驚いた顔をした彼女は、の顔をじっと見て……そして穏やかに微笑んだ。まるで取り乱したを安心させるように。
「俺が離れた時はみんな無事だった。ミゲルとアレン、ソクシィとケイトが残って時間稼ぎをしている。他のやつらは保護した民間人を連れて別のルートから脱出した」
ぽん、と頭に手が載せられる。
涙ぐんでいたのが、どうやらばればれだったらしい。何だかくすぐったそうに笑うラスティが、妙に優しいから分かった。
「ええと……」
非常に居心地が悪い。でも大きな手に撫でられるのはちょっと嬉しくて。
行き場を無くした視線がさまよう。そんなに、ラスティの笑みが深くなった。
「こんな面白い状況を前にして残念なんだが……。悪い、時間が無い。思ったより追っ手が多かった。完全には巻き切れなかったから、もうすぐここも追いつかれる」
「……っ」
息を詰めるの頭に、ラスティはもう一度安心させるようにぽんと置いた。
そして気持ちを切り替えるように表情を引き締め――。
「俺が残って足止めをする。お前はラクス嬢と」
ちらりと、キラを見た。
ん? と一瞬怪訝そうな顔をする。何を思ったか察して、が先に答えた。
「キラだよ」
「あ、……ああ。――はラクス嬢と、そっちの奴を連れて先に行ってくれ。俺もすぐ追いつく」
振り返ると、後ろではキラとラクスが何とも気の抜けた会話を繰り広げていた。
「私はラクス・クラインですわ」
「え、ぁ……」
「キラ様とお呼びしても?」
「そ、の……」
「まあ、素敵な瞳の色ですのね」
「……」
突然のラブコメでシリアスムードぶち壊しである。
始終にこにこふわふわほんわかぽんのラクス相手に、さすがのキラもたじたじだ。これが普通のときなら『おや、まあ、愉快な組み合わせ』と興味深く観察できたのだろうが、今この状況でそれは無理。
「……あ゛ー」
「うん、わかるけどさ、。何も言うなよ。な?」
うろんな瞳で振り返ると、悟ったように乾いた声で笑うラスティとの間に交わされた視線が、これからの二人の友情を確固たるものにしたとか言うのは別の話で。
それは後々、ミゲルの話のネタの一つになったとかならないとか。