アスタリスク
17
ラクス嬢救出作戦から幾日か過ぎて――。
ピンクのふわふわお姫様は迎えに来た大船団に護送され、つい先日プラントへ帰っていった。
最後の最後まで護衛兵に無理を言い、取調べ中のキラまで引っ張り出して。
戸惑うキラと乾いた笑いを浮かべるの二人に手を振りながら――。
「落ち着いたら通信を入れますから、必ず出てくださいませね〜」
ピンクのお姫様はにこやかな笑顔でダメ押しをした。その言葉の矛先は、キラでは無くである。
――なぜ私!?
この対象がキラだったりなんかしたら、『ああ胸の小鳥が羽ばたいたのね』なーんてにやにやしていられたのに……。
視線の先は間違いなく自分である。なんたることだ。
思わず後ろを振り返ってしまい、は深く後悔した。
――殺気まじりの嫉妬の視線を、あちらこちらから感じる。
こわい。ザフト兵超コワイ。嫉妬に狂ったファン怖い。軽く泣きたい。
まあそんなハプニングからも数日経って。
『よく考えたら女じゃん。はっはー』と兵士の皆さんが何とかご機嫌を直してくれて(考えるまでも無いことだ!)
ようやく日常を取り戻しかけた、今日この頃のこと。
「――、何とかしてくれよ」
「何とかって、……何を?」
ようやく戻った平穏を謳歌し、上機嫌でおやっさんとランチを取り後はどこで暇をつぶそうかなーと基地内をふらふらしていた所だった。
どこからともなく現れたミゲルに呼び止められた。
「目的語が抜けてるよ、ミゲル」
ひょうひょうと返すに、察してくれとミゲルは肩を落とした。心なしか、ぐったりしているように見える。
おやまあ風邪ですか、お気の毒に。とからかってみると、疲れたようなため息がこぼれた。そして冒頭の言葉が飛び出してきたのだ。
「あいつだよ、お前が拾ってきた、あいつ」
精彩の欠けた金髪を見ながら、はて、と記憶に思いを馳せる。
拾ってきたとは何のことだろうか? むしろ自分が拾われ物のようなものなのだが……。
むむ、と考え込むこと数秒。ふとひらめいた人物の顔に、ああ、とは手のひらを打った。
「拾ってきたって、犬猫じゃあるまいしー。……あの男の子?」
「そーそーその彼キラ君だよ警戒心バリバリのあいつのこと!」
ノンブレスで勢いづいた後、ミゲルははぁと大きく息をついた。いつも無駄にキラキラしているのに、その発光具合が今日はどうやら二割減だ。本当にお疲れの様子で、思わずよしよしと頭を撫でそうになる。
「何度聞いても、あそこにいた理由も経緯も、何もしゃべっちゃくれないんだぜ。訓練した軍人より口堅いっての。ったく」
毒づくミゲルにはちょっとばかり首をひねった。
確かに愛想は無いし、口は重そうで扱いづらい感じではあったけど……そんなに言うほどではなかったと思うんだが。
「お前から聞いたって言うまで、名前すら言っちゃくれなかったんだぜ?」
「うっそー」
「今も信じてんのかどうかって感じだけどな。何せ『調べが済んでいるという点で違いはないんでしょうから』だぜ? こちとら目星すらつけられてないっつーのにさ」
ハッと肩をすくめるミゲルに、は己の認識の甘さをちょっとだけ反省した。そういえば、自分だって会った時、ものすごい警戒されまくってたんだった。
ごくろうさまと肩を叩くと、慰めはいらねーよ、とミゲルはニヒルに笑う。
「プラント出身じゃないことは確認が取れたんで、そうなるとオーブか南島諸島連合のどこかなだと思うんだが――。ともかく、国元だけでも聞いておかないと帰してやることもできないだろ? その前に聞きたいこともあるし、国交問題もあるし……。面倒ごとは早いうちに何とかしときたいってのに」
「ちくしょう民間人じゃなきゃなー」などと物騒なことをつぶやくミゲルに、ふむふむそうかそうか大変だねとは適当に相づちを打っていた。が、実際のところ話半分耳半分であった。出てくる国名は何となくニュースで聞いたことがるから分かったが、正直、何が問題なのか良く分からん。
何だか一生懸命語ってるし取りあえず話だけは聞いていた。そのかたわら『頭の中は今夜の晩御飯はなんだろー』とか『あ、かもめ……って喰えるのかな?』とかそんなしょうも無いことばかり考えていた。
だから。
ほんの少し油断した時には、話が完全に出来上がっていたのである。
「てなわけで、頼んだ!」
「は?」
にかっと笑うミゲルにはっと我に返って聞き直す。
――ちょっと待って。何? 今の何!? 話の流れがつかめないんですけど!?
呆気に取られている隙に、ミゲルは持っていたらしい資料を素晴らしい手際の良さでに押し付けた。
「あいつ、お前の言うことなら多少は聞くみたいだし? 俺は他の奴らの取り調べもしないといけないし?」
いやなにさわやかに指おったててるんだよ。つーか何だその無駄にきらびやかなウインクは!
「ちょ、ちょ、え。ちょっと待って! 何? 何の話!?」
何となく予想はできるけど理解したくない。つーか理解したら終りだろうこの流れ!
「隊長も、お前ならやれるだろうってさ」
しかも根回し済みかい! てか隊長って誰!?
「お許しも出たところで――後は任せた!」
「だから何を!?」
非難の声もなんのそのだ。ようやく開放される厄介事から、ミゲルは今にも飛び立つ水鳥のように軽やかだった。見事なバックステップを決め、きらきらした笑顔を撒き散らす。
まるで基地に吹き付ける海風のごとく颯爽とした足取りで……ミゲルは逃げた。
「ちょ、ミゲル!」
「あーそうそう。ラスティの奴、だいぶ容態が安定してきたから、もうすぐ目覚めるだろうってさ。気が向いたら見舞いに行ってやってくれ。じゃあな!」
走り去る間際に告げられた言葉が、ドップラー効果のように辺りに響く。
そのほとんどが、頭に入らず右から左に素通りした。肉体的に強化されたコーディネイターならではの走りっぷりに思わず唖然である。一般人のに付いて行ける訳が無い。その上、奴はよく訓練された軍人だ。走ったところで振り切られるのがオチ。
は絶望した。
「――――っ。じゃあな、じゃない! できるか馬鹿ーー!!」
底抜けに明るい南海の太陽の下、の絶叫が虚しく響いた。