アスタリスク

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 その時、はとても退屈していた。

(……ひま……)

 昼食を取ってしばらく経った頃のこと。
 はあくびをしながらぼーっとしていた。ほどよくお腹が満たされていい塩梅(あんばい)だ。あとはキラがちゃんと食べてくれたらなーと言った所だが、先ほどちら見した様子ではキラの食事は一向に進んでいない。がっかりである。

(……あーひま……ほんと……ひま……)

 食事をちゃんと取るか見届けなければならないのだが、キラは一言もしゃべらないし話しかけても無反応だ。やることが無くてはたいそう退屈していた。あくびのひとつやふたつやみっつやよだれなんて出そうなものである。
 しかも間の悪いことに、その日は暖かな日差しが差し込む快晴の日であった。持ち込んだ敷物(おやっさんに横流ししてもらった。ちなみにものすごいふっかふか)の上で横向きに寝転がり、立てた腕に頭を乗せて(俗に言う主婦の至福の体制って奴だ!)はうとうととまどろんでいたつもりだった。
 そう、つもりだったのだ。

 いやいやまさか!
 いくら自覚が薄いと言っても、一応自分は監視&尋問係である。例えそんなことやる気が無くても。
 それに監視対象が完全無欠に安全な人物との保障はまだ無いのだ。そりゃねーわーなんて思っていても、一応それなりに(あんまり親しくない人を相手にするぐらいのレベルには)気を使わないといけないだろうという意識ぐらいはあった。

 しかし人間、古来から性欲食欲睡眠欲には勝てないものである。

 やばい、と思った時にはもう遅かった。うっかり爆睡してしまって……起きたらすっかり日が暮れていていた。口の端によだれの跡なんかがあっちゃったりして『……ぉっとっと。誰にも見られてないよな』と思わず周りを見回しまった私は悪くない!
 別に元の世界の(ああ懐かしや)お菓子が食べたくなったわけでは無い。
 でも、あの素っ気無い100円ぽてちの塩味は懐かしい。とっても懐かしい……。体に悪い味とか色とかした魅惑の食べ物が非常に恋しかった。娯楽が少ないのだ。軍の基地なんてものは。

(鯨もいいけど、チョコのかかった動物ビスケットなんてのもいいなー。さっくさくのクッキーに口の中で蕩けるまったりとした生キャラメル……。お菓子なんて長く食べてないなーなのに何で体重は変わらないのかなドチクショウめ!)

 ちょっとつまめちゃったりする腹肉に憎悪を燃やしながら、重たい体を起こそうとして、驚いた。うっかり手を滑らして床にダイブするぐらいには驚いた。

 予想してた通り、キラの食事は大して手を付けられないまま放置してあった。でも、原因はその向こう。その先にある。
 これまた持ち込んだちゃぶ台(もちろんおやっさん横流し品)の奥にあるベッド。その上でこの部屋の住人であるキラが――なんと、無用心にも眠っていたのだ。抱えた膝に頭を乗せるなんて、ちょっと微笑ましい感じの体勢で!


 ……何か、驚いた。感動した。
 ちょっと見つめちゃうぐらい『じーん』と来た。野生動物を手なずけた時に似た感動だった。


 じんわりと感動に浸っていると、ふと、首筋に寒さを感じて我に返った。そう言えばすっかり暗くなっている。もう日が落ちてしまっていたのだ。
 上掛けも無しで眠り続けるキラを見て、はっとした。何か掛けてあげないと、と思った。このままでは風邪を引いてしまう。
 でも不用意に近づいたら起こしてしまいそうだ。気配に敏感なのだ、普段の彼なら――。
 きっと起こしてしまう。でも、だからと言って放っておく訳にもいかない。
 どうしたものかとまごついていると……不意に、キラの目がぱちりと開いた。

「…………?」

 どうやら寝ぼけているらしい。ぼんやりとした様子で辺りを見回している。薄暗くなった空を見て、一度膝に顔を戻して……。ちょっと横に頭を傾けた辺りで、徐々に意識がはっきりしてきたようだ。少しして、はっとしたように顔を起こした。
 信じられないといった様子でしばらく固まっていた。……ようだった。

 と言うのも、その間、はずっと寝たふりを続けていたのだ。起きそうだな、と思った時からずっとそうしていた。
 だって考えてもみて欲しい。警戒している相手の前でうっかり眠ってしまったなんて……。
 もし自分なら、情けなくて落ち込んでしまう。何て緊張感が足りないんだ自分! とか思って。実際さっきちょっと凹んだし。

 幸いなことに、の狸寝入りにキラは気付いていない様子だった。ほっとしたように息を吐く音。
 少しして、ベットがきしむ音がした。

 音を立てないように、そっと床に足をつける気配を感じる。寝ているを起こさないように気を使っているような仕草だった。――うぬぼれだろうか? あれだけ毛嫌いされている様子なのに。気遣ってもらえる要素なんて、これっぽっちも無いのに。

 ちょっぴり切なくなっているミワすぐそばで、キラは立ち止まったようだった。
 上から見下される視線を感じる。

 1、2、3……。

 ずいぶん長い間見下ろされているようだった。……何を考えているのだろうか? 突き刺さるような視線を肌に感じて、がどうにも居心地が悪かった。

 今さら、「寝たふりでしたー」なんて起き上がれないしな……。何とかきっかけを見つけて起きれないだろうか。
 なんて、が画策していたその時だった。
 ふと、冷たい予感が頭を過ぎった。



 ……私は、殺されるかもしれない――。



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