憎いアイツのくちびるは
いちごを放り込んで黙らせてみた。
「……何、これ」
「いちご。季節ものだからうまいよ」
同じようにお弁当から取り出して口に含む。……うん、うまい。近所のおばちゃんがイチゴ狩りに行った、そのおすそ分けだったけど、思った通り当たりものだった。
「あ、こら。勝手に取らないでよ」
じっくり味わっていたら、横からひょいっと手が伸びてきた。
勝手につまんでいくリョーマをにらんでも全く効果無しだ。あっという間に最後の一粒まで食べつくされる。
「ひどいよー。まだ一つしか食べてなかったのに」
「いいじゃん、別に。もうひと箱あるみたいだし」
ちらりとリョーマが見たのは、机の脇にぶら下げられたランチバックだ。確かに、その中にはもうひとつ、イチゴの入ったタッパーが入っている。お弁当を出す一瞬しか見えなかったはずなのに、良く気づいたな。
「これは別なの」
「別?」
「えーと、その。差し入れに持っていこうかなって……」
ちょっと照れて言いよどんでみる。ちょとね、そろそろ勇気を出して話しかけてみようかな、なんて思ってね!
物で釣れる人じゃ無いってのは重々承知なんだけどさ。他にいい考えも思い浮かばないし。食べ物なら万民受けするから良いかなー、なんて思って。
「……ふーん」
「何よ?」
「別に」
とかいいながら、何だかリョーマはちょっと不機嫌顔だ。なんだよ、さっきまで普通だったのに。
いやいや今はそんなことどうでもいいや。問題はどうやってこの差し入れを先輩に渡すか、だ。単純に差し入れですって持って行っても受け取ってもらえるかどうか……。いまどき珍しいくらい堅物な人だからなー。
「て、リョーマちょっと!」
「差し入れでしょ?」
物思いにふけっている内にタッパーを掻っ攫われていた。取り戻そうとしてみたけれど、絶妙なタイミングでかわされてしまった。ちょ、リョーマ! アンタにじゃないって返してよ!
「もらってくね」
後ろ手に手を振って、リョーマは行ってしまった。……まあ、いいけど。
私が直接持って行っても受け取ってもらえるか分からないし。リョーマが持って行ってくれたほうが口に入れてもらえる確立も高いだろうから。
浮かした腰を戻して、お弁当箱に向き直る。まだお昼の途中だったんだよね。残っていたから揚げをおはしでつまんでもぐもぐ。ポットで持ってきた緑茶を一服。ふぅーと一息つくと、おやじくさいとクラスメイトに苦笑された。
一通り食べ終り、お弁当箱を風呂敷で包む。左手で机の隣をさぐってそういえば、さっきランチバックを持っていかれたことを思い出した。……あれ? 今、お昼。部活は午後。持っていったのは――今?
まさか、部活が始まる前にリョーマが食べちゃったりするなんてこと無い、よ、ね?
…………。
つとめてすばやく弁当箱を机に戻す。一拍後、進行方向の机全てをなぎ倒し、私は廊下に向かってダッシュした。
「あーやっぱり食べてる!」
「だって差し入れでしょ、これ」
「あんたにじゃない! わかっててやったでしょ、リョーマ!」
「まだまだだね」
「――っ!! 表出ろリョーマ! 根性叩きなおしてやるー!」
青春10題「04.憎いアイツのくちびるは」