罪な女はお呼びでない
それでどうなったのかって? もちろん、手塚先輩が抱き止めてくれたに決まってるじゃない!
いやーあの瞬間、私は最高に幸せだったね。こう、生きてて良かったってああいう時にこそ言う言葉なんだとしみじみ実感しちゃったよ。
テニスで鍛え上げたたくましい腕ががっしりと支えてくれて、あの低音ボイスで「大丈夫か?」とかなんて言われちゃってさ。もうそれだけで腰くだけってもんよ。その上ただの捻挫だって言ったのに近くの病院まで付き添ってくれちゃってさ、その間ずっと優しく手を引いてくれてねー。
「段差なんかだと足を使わないように持ち上げてまでもらっちゃってさー。あれはリョーマにはできない芸当だよね」
「ふーん」
うんうんと頷き、うふふふにひゃひゃと締まりない顔で笑み崩れる幼馴染をチラリと見て、リョーマはフンと鼻を鳴らした。
(別に、俺にだってそれぐらいできる)
「でねでね、その後さ、手塚先輩がさー」
「ちょっとあんた!」
突然響いた甲高い叫びに視線を移す。向いた先では困った顔をした竜崎桜乃がその友達・小坂田朋香をなだめるように必死で引き止めていた。竜崎を引きずる小坂田の顔は怒りで真っ赤に震えている。
「幼馴染ってだけでリョーマ様いちゃいちゃベタベタしてたと思ったら、今度は手塚部長にまで手を出すつもり!? なんて節操の無いことを……!」
「そうよ、その手塚部長先輩なんだけど! その後わざわざ家まで送ってくれてね。その途中、公園で缶ジュースおごってくれちゃってさー。それでそれで!」
全くかみ合わない会話を続ける二人。それを困ったように桜乃は眺めている。
「リョーマ君、いいの?放っておいて」
「いいんじゃない、別に」
つまらなそうにリョーマは席を立った。後ろではかみ合わない会話を続ける二人と、それを止める桜乃の姿がある。
ラケットを肩に、リョーマはくるりと背を向けた。
「まだまだだね」
ひょいっと肩をすくめて、リョーマは部活に向かった。
青春10題「06.罪な女はお呼びでない」