青春10題

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  胸キュントキメキ強制イベント  

 これはいったいどういう事態なんだろうかと、運命の女神様を問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。

「お二人さん、ついてないねー。せっかく遊びに来たのに崖崩れでバスが出ないなんてねぇ」
「は……、いえ」

 てきぱきと部屋の準備をする女将さん。それに「遊びではなく、治療に来たのですが」と返す手塚先輩の隣で、私は慎ましやかにうつむいていた。だってね。顔がね。ニマニマとね!

「続き間だけど、ふすまはちゃんと閉まるから。他のお客さん家族連れが多くてね、ここしか空いてないのよ。ごめんねぇ」
「いえ、わざわざすみませんでした」

 それじゃごゆっくり〜と去る女将さんと一瞬目が合った。目の奥がニヤリと笑ったのは、やっぱり色々と見抜かれてのことだろう。女の感とはあな恐ろしきものである。

「すまない」

 声が聞こえて振り向くと、すまなそうに頭を下げる先輩の姿があった。

「すまない。謝ってすむ問題では無いと思うが」
「そんな、先輩のせいじゃないですから……!」
「いや、誘ったのは俺だ。責任は俺にある」

 そうなのだ。この温泉郷には手塚先輩からのお誘いでのお出かけなのである。
 ビバ、ビバ、初デート〜〜〜〜!!!

 とまあ言えれば良かったんだけれど、そんなうまい話転がってるわけ無いわけでして。
 どういうわけかと言いますと、本当に湯治に来たというのが、正しい状況である。手塚先輩のためと思いきや、実は主賓は私だったり。


 あの歩道橋でのねんざ、思いのほか重症だったらしい。なかなか改善しない病状に、あの後何度も病院通いをするはめになった。最初手塚先輩が連れて行ってくれた病院は、実は先輩も通院中の病院だったらしく、これまたばったり病院で再開してしまった。

「この間はとんだご無礼を!」
「いや、俺の方こそすまなかった」

 恒例行事のように二人でぺこぺこ頭を下げ合い、それが終わって、ようやく普通に話ができるようになったころ。

「それで、怪我の具合は?」
「あ、たいしたこと無いんですよ。今日は念のための検査に「たいしたことあるでしょう、さん?」
「げ、先生」

 急に会話に混ざってきたのは担当医の先生に、思わず先輩の前で出すべきで無い声が出てしまった。失敗失敗。
 邪魔をした上に余計なことを話しそうな先生に鉄拳制裁を加えるべく、是非とも首根っこを引っつかんで病院裏にゴーしたいところなのだが、先輩の前でとなると思うように動けない。
 能天気にニコニコ笑っている先生に引きつり笑いで応え、私はギリギリときしむ拳を背中に隠した。

「だいぶ良くなっては来てるんだけどね、どうにもあと一歩の所で回復が遅れててねぇ」

 最初この病院に連れてきたのが先輩、しかも良く知った仲だからか、先生はぺらぺらと私の怪我の具合をしゃべって行く。ちょ、こら守秘義務! 医者の守秘義務はどこに行ったんだよ先生!

「そうですか……」

 話を聞くたびに、手塚先輩の顔が深刻そうにゆがむ。私の不注意でした怪我だと言うのに、関わってしまったことで責任を感じているのだろう。不純な動機で近づいた私としては、大変良心が痛む光景である。

「あの、本当にたいしたこと無いんです。もうほとんど痛みもなくなって来たし」
「さっき触診したら『いったーい!!』と叫んだ人の言葉には思えないね、あはは」

 せっかくのフォローは先生の空気を読まない一言で一瞬で台無しになった。ついでに言うと、朗らかな笑い付きで。
 うん、よし。ちょっと路地裏に行こうか、先生。

「そうか……本当にすまない。俺に、何かできることはないだろうか?」

 その言葉だけでもう鼻血ものです先輩! じゃなかった。胸いっぱいです。じゃあさっそくそこの喫茶店で茶でもしばいて――。
 と、勇気いっぱい胸いっぱいの私の提案は、やっぱりまたさえぎられた。

「そんな君たちにおススメのものがあるんですよね、ほら」

 邪魔すんな、先生。
 と思ったのも束の間、先生が手にしたものを見て、私の瞳は初日の出のお日様みたにキラキラと輝いたのだった。


 とまあこんな感じで、お互い温泉療養にいきましょうかとこの湯治場まで遊びに来たのだ。……ん? いや待てよ。若い男女二人きりでお出かけするんだから、やっぱりデートじゃないか。よっしゃ、やったね! デート、デート! ――ババくさい言うなよリョーマ。土産に温泉饅頭買って来てやるからさ。


 並んでのんびり足湯で足を温めて、ぽそぽそと不自然ながらもお互い会話を楽しんで。
 親睦も深まったところでさぁそろそろ帰ろうかとした時だったのだ。

 昨日の大雨で崖が崩れて帰りのバスが出なくなったと聞いたのは。



青春10題「07.胸キュントキメキ強制イベント」

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