アイム・クレイジー・フォー・ユー!
その後どうなったかって?
――ふられました。
これ以上ないってほどに、見事に、完璧に、木っ端微塵にふられてきましたよ。
『……気持ちは嬉しいが、すまない。君をそういう対象には見れない――』
そんなお決まりな台詞で丁重にお断りいただいてですね。え、これ話のネタになる? 申し訳なさそうにゆがむ顔も美形ー、とか思ってたりして。
……まあつまりは、自分が考えていたほどショックを受けていなかったわけでして。
その原因であろう人物を思って私は深々とため息を付いた。
まさか今更になって気づくとは。己の鈍感さというか、経験値の無さに心底うんざりしてしまう。あれだけ近くにいたのに――いや、あれだけ近くにいたせいか? 気づくのがこんなに遅くなってしまったのは。
(――まさかリョーマを好きになる日が来ようとは……)
勝負に負けたボクサーのように打ちのめされた気分だった。だって、あのリョーマですよ? 生意気とつっこみとテニスのことしか頭になさそうな、良く見れば菊丸先輩より猫っぽい猫目少年ですよー? ……て最後のは関係ないか。
つまり今まで私にとって、リョーマはそういう対象じゃなかったわけです。なんて言うか、そこにいるのが当たり前で、馬鹿にされるのも日常茶飯事。一番身近にいる、家族のような友達だったわけですよ。さすがにアメリカ行ってる間は少し――少しよ少し! ――寂しかったけど、それは一番仲の良かった友達を無くした寂しさだったわけだし。話したいなーと思ったら電話が来たりもしたから、それほど重く考えたりなんかしなかった。そんな相手が急にそんなふうに見えて来たんだから、多少の動揺は仕方ないと思う。
「あーどうしよー」
「何が?」
「ぅひゃ!」
驚きのあまり変な声が出た。ただでさえ思いもかけない返事に驚いたのに、よりによって相手が今まさに頭をぐるぐるしていた相手だったりするから。
「何その声」
「……何でもないヨー」
「ふーん」
何だかとてもつまらなそうにリョーマが答える。……てかなんで隣に座るんだリョーマ。そろそろ部活の時間だろう、お前!
いつもならするっと出てくる言葉も、今日ばかりは思うように出てきてくれなくて、なんとなく気まずいまま時間が経っていく。リョーマも居心地悪そうだけど、特に私の追い詰められた感はMAXだ。さっき自覚したばかりの相手。おねしょの数まで……は知られてないだろうけど、初恋のお兄ちゃんの名前はがっつりばれてる。その時の見事なまでの相手のされなさ&彼女いましたなんてお決まりのラストまでしっかり知られちゃってる相手だ。そんな相手(現在好きな人)が、すぐ、隣。
――きまずい、いごこちわる、にげたい。
「……で?」
「ぁ?」
「さっきの。どうなったの?」
ちらともこちらを見ないで、リョーマは言う。直前まで違うことを考えていたから、一瞬頭がついて行かなかった。そうだ、私はさっき先輩に。
「……あー」
「ふられたんだ」
うるさいな、ほっとけよ!
きっぱりと告げられるあまりに的確な一言に、むっと相手をにらみつける。
「笑えばいいでしょー」
むくれて言うと、本当にリョーマのやつは笑いやがった。
にやりと笑う瞳は、先ほどから色を増した夕日を受けて不敵に輝いている。そんな表情を見せられたら、飛び出そうとした罵倒は一瞬で引っ込んでしまって。
「惚れた欲目ってやつかな……」
むかつくのに……ちくしょーかっこいい。馬鹿リョーマー。
三角に座った膝にがっくりと額を落とす。頭をかすめた言葉はため息と共に口の端に上がってて。やべ、聞こえたかと見ると、リョーマはいつもと変わらなかった。
例え聞こえてたとしても、英語圏での生活が長いリョーマにとって慣用句なんて理解不能だろう。ほっとして胸をなでおろすとじっとこちらを見ているリョーマと目が合う。
何だよ、とねめつけると、にやりと笑ってリョーマが立ち上がった。帽子を深くかぶりなおし、廊下に向かう。
「さっきのやつ」
「?」
「『I’m crazy for you』ってことでしょ?」
「聞こえて!?」
得意げに告げられた言葉に、息の根が止まるかと思った。
ちょっと意味は違う気がするけど、大本が間違ってない。
「まだまだだね」
にやっと告げられた言葉に、体中の血が顔に集まる。気づいたのか、気づいてないのか。混乱する私には、得意げに笑うリョーマからそのどちらも読み取ることができない。
すっかり日の暮れた薄暗い教室の中、私は一人立ち尽くす。
明日からのリョーマとの関係を考えて――。赤い顔のまま、私は大きくため息をついた。
青春10題「10.アイム・クレイジー・フォー・ユー!」