学校20題

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  校舎裏での出来事  



 寝ているあの人に気づかなかったのが、運の尽きだったんだ――。

 諦めきった表情で、後に切原はこう呟いた。




「……あれ…だれ?」
「――っ!それはっ!こっちの!台詞……だっての!」

予想外の相手に驚きつつも、赤也は大不満の叫びを上げた。

 女だって?――冗談じゃない!

 今にも爆発しそうな状態にも関わらず、声はかすれ混じりの途切れ途切れ。いつものような勢いは無い。
 背後からがっちりと拘束されているこの姿では、無理は無かった。
 誰かはわからない。
 部活に行こうする途中、何かにつまずいた、と思った時にはもうこの体勢だったのだ。

「――つぅ!」

 振り向こうとしたら更に強くひねり上げられた。
 どういう間接技なのか。恐ろしく巧妙に全身を拘束されている。
 身じろぎするたびに走る激痛に赤也は知らず膝をついた。首筋に冷や汗が伝う。――逃げられない。それが、痛みと共に理解できたことだった。

「ち、く、しょう……!」

 抵抗はするだけ無駄だと分かった。いや、分からされた。
 組み敷かれて最初にしたのは、こういう時なら誰でもやるであろう、力任せの反抗だったから。
 結果びくともしないこの状況。その上この相手は人を拘束しておいて、何の反応も見せないのだ。
 さっきから何度も叫び続けてるのに。怒鳴っても、ののしっても、愚痴っても。あるいは、と思って足払いかけてみても、何事も無かったかのように綺麗に避ける。

 心底、本気で、むかついた。

「くそっ! このっ……!」

 無駄だと知りつつも再度の挑戦をしたのは、意地があったからだ。いくらなんでもテニス部で、日々ありえないほどに鍛えている自分が女に負けるのは我慢がならない。

 テニス部の他の先輩達に比べて小柄な方とは言っても、赤也も育ち盛り真っ只中だ。同級生はもちろん、最近は上級生にも勝てるぐらいの筋力も付いてきた。自信も付いてきたところだったのだ。
 同じ年頃の少女の手なんて、簡単に振りほどけそうなものなのに。相手はそれを許さない。
 本来、男と女じゃ力比べでかなうはずも無いのに、だ。なのにこの相手は、どんな手品を使ったのか、組み伏せる手が緩む様子を全く見せない。

 どういうことだ、こいつ――!

 毒づいてみても、全く身動きが取れない。

「ねぇ、きみ……だれ?」

 ぎりぎりと歯を食いしばる赤也に、相手は幼稚と言っても良いほどぼんやりした口調で聞いてきた。それに獣のようにうなり返して……ぐっと息を呑んで、赤也は口を開いた。
 思い通りになるのは癪に障った。ものすごくムカついた。が、体がこれ以上持ちそうに無い。
 全身の間接がぎしぎしと鳴り出している。それに何より、利き腕の骨が悲鳴を上げている。
 二つを秤(はかり)にかけて、まだ譲歩できる方を取った。

「2、年。切原……赤、也!」
「……きり、原……?」

 ぼんやりしていた声が焦点を合わるように明瞭になっていく。
 だがそれを待っている余裕は無い。赤也の我慢も限界だった。

「もういいだろう! いい加減離せよ!」
「……ああ、ごめん」

 今ようやく思い出したような。そんなぼけっとした口調で答えられ、腕を離された。
 急に支えなくなった体は重力に引っ張られて地面に落ちる。地に着きそうになる体を、手で支えることで何とか踏みとどまらせ――

 射殺さんばかりの視線で、ぎっと後ろを振り返った。

「…………?」

 そこにいたのは、予想した以上にすらりと細身の一人の少女だった。
 どこかぼーっとした表情で突っ立っている。
 手が何かの構えのように空中を泳いでいた。……変なポーズ。
 数泊考えて、気付いた。赤也を離した姿勢のまま、動いていないだけだ。

 ――変な奴。

 赤也はちょっと引いた。



 若干引き気味ながらも相手を見ると校章が眼に入った。……3年だ。年上でも、体格は1年の赤也とそう変わらない。そんな相手に力で競り負けていたのだと思うと腹の奥がむかむかしてくる。

「……」
「……」

 しばし二人は見つめ合った。
 一人は剣呑に。一人は……相変わらずぼーっとした様子で。

「……」
「……」
「…………」
「………………」







 一陣の風が過ぎ去った時、ようやく少女が動いた。

「……じゃ……」

 ぽすんと芝生の上に腰を下ろし、おもむろに横になる。戸惑い言葉に詰まる赤也の前で、驚くほど無防備に少女は再び目を閉じた。そして――。

「……寝るのかよ!?」

 はっと我に返った時にはすでに遅く、少女はすやすや寝息を立てて眠ってしまっていた。
 あまりに間の抜けた相手の顔を少しの間凝視して――赤也は舌打ちと共に背を向けた。

 やり返したいとも思った。文句の一つでも言ってやろうかとも思った。
 だが、また羽交い絞めにされてはたまらない。第一、寝ている女を痛めつけるなんて情けないことはしたくない。いくらなんでも、それは格好悪過ぎだ。


 痛む関節に鞭を打ち、赤也はテニスコートを目指した。
 完全に遅刻だ。
 また副部長にどやされるだろう。そのことを思うと、ため息と共に肩が落ちた。

 あー、……最悪。




 そう言えばあれ誰だったんだ、と赤也が思い至ったのは、部活も終り、すっかり日の暮れた帰り道でのことだった。



学校20題「13.校舎裏での出来事」

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