いつの話だ
それは唐突な話だった。
「姫さん、姫さん、大変だー!!」
話し込む千尋と那岐の間にごわっと音を立てて舞い降りたのは、日向の一族の男サザキだった。
何だか妙に慌てている。
「ちょっとサザキ、何!?」
「いいから姫さん、大変なんだっ!」
降りてきてからもばっさばっさとその背に負った人より大きな羽をばたつかせるものだから、辺りは散々な有様だった。
二人向かい合って話しをしてた真っ只中に突っ込んできたのだ。羽ばたきのせいで声はうまく聞こえないし、上へ下へと動く翼にはたかれそうで、うっかり油断もできやしない。
「ったくこの鳥。――いい加減にしろよな」
小さくした打ちしたのは那岐であった。
今の騒動のせいで口の中に砂でも入ったらしい。苦い顔で口からほこりを吐き出し、剣呑な目でサザキを睨んでいる。
「てめぇ那岐! 鳥たぁなんだ鳥たぁ」
「あんただよ、あんた。本当、馬鹿? 頭も鳥化してるんじゃないの」
三歩歩いたら全て忘れる、ということわざを揶揄してるのか。ちょこ、ちょこ、ちょこと歩いて小馬鹿にするように肩をすくめた。
面倒くさがりの那岐にしては珍しいことだった。ぐさりと来る一言は言っても、ジェスチャー付きなのはまれである。
よほど今のサザキの所業が癪(しゃく)に触ったらしい。
「何だか良く分からんが、馬鹿にされたことは分かったぞ!」
「ちょっとサザキ落ち着いて!」
今にも飛びかかろうと腕まくりをするサザキを、千尋は必死で止めた。
ぷんすか怒るサザキをなだめ、へそを曲げる那岐を説得してようやく話を聞きだす段になって。
「で、何が大変なの?」
ようやく本題に入れた。
小首をかしげて問う千尋に、サザキは恐ろしいほど真剣な表情でごくりとつばを飲んだ。口にするのもはばかられる、といった表情で、二人に向かって切り出した。
「落ち着いて聞けよ。いいか、あのな……」
二人の反応は予想外のものだった。
「――で?」
「え゛?」
「そんなの今更だね」
ざっくり切り捨てたのは那岐である。相手にするのもばかばかしいといった顔で、ついにはそっぽを向いてしまった。
最期の頼みはやはり姫だった。
「姫さんなら、分かってくれるだろ? ……って、そりゃあ姫さんは前から訳のわからん方法で遠夜の言葉が分かってたみたいだけどなぁ。違うって。本当にしゃべったんだ。あの口で!」
サザキの必死の口上に、千尋はことりと首を傾げる。ぽりぽりと頬をひとかき。
(ええと……)
身を乗り出して力説する鳥の人に提案したのは以下の方法だった。
「知ってますよ。いや、驚きました」
そう笑ったのは笑顔もさわやかな風早である。
「もちろん。存じておりますよ、わが君」
その後延々と何やら並べ立てたのはうさんくさいが代名詞の策士、柊だ。その後の口上は長いので略。
「え、ええ。遠夜の事ですね?存じておりますが……」
戸惑いながらもうなずいたのは、槍の訓練中だった布都彦。
那岐と一緒に、「だって元から大体分かったてたし」「ええ」なんて仲良くうなずき合っている。
「しゃべったから何だと言うんだ」
クールな切り返しは忍人だった。ちょうど忙しいところだったらしく、二の言葉すら無く去っていった。
「……うそん」
「こういうことだから。ね、サザキ」
我らの姫のフォローは完璧だった。時流に乗り遅れたサザキを馬鹿にすることも無く、微笑みも朗らかに、肩を落とすサザキを励ます。
「姫さん……」
姫の優しさに触れてようやく立ち直りかけたサザキである。
千尋の差し出す右の手に、そっと左手を重ねようとして。
だがこういう時にこそ、最期の落とし穴が待っているのが世の常である。時も人も(鳥も)無常なものなのであって――。
「いまさら、だな」
まるで思い出したかのようにふらりと通りがかったカリガネのダメ押しの一言に、サザキはぐしゃりと潰れてしまった。