アスタリスク

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 さあ、仕切りなおしだ。いつまでもくよくよなんてしてらんないからね!

 よく晴れた青空を見て、は大きく息を吸い込んだ。今日も天気だ。空気がうまい。
 こんな日はきっといいことがあるはず! ……なんて根拠も無く思っていたのだが……。

(――なぜ、私は今。こんな状況に追い込まれているのでしょうか……)

 遠い目をして見上げると、冷たいコンクリートの天井にぶちあたった。
 背中に当たる冷たい感触。そして背後から聞こえる緊張した息遣い。
 ……ふと、ため息がこぼれた。
 『うふふあはは』と現実逃避したくても、それら全てが否が応でも現実に引き戻してくれる。
 ――ええいもう!コンチクショーめっ!!

「……あのさぁ、キラ君」
「……」
「…………。キラくーん?」
「…………」

 返事は無い。ただの屍のようだ。
 ――じゃない。ぶっちゃけ聞いていないようだ。

 おいおいこらちょっと待てこの野郎!
 何一人の世界に入っているんだい? とりあえず人の話を聞けや!

「――あのさー!」
「……、大きな声は、出さないで下さい」
「っ!」

 押し殺したような声と共に、背中にかかる圧迫が強くなった。後ろ手に拘束されている両腕も、同様に。
 うかがうようにちらりと背後を見ると、思いつめた様子の紫の瞳がこちらを見ている。――こりゃやっかいだ。は救いを求めて天を仰いだ。

「……わかった。大声は出さないから、少しだけおしゃべりしてもいい?」
「……どうぞ」

 毛を逆立てた猫のように周囲を警戒するキラを刺激しないように、はできるだけ小さな声で話しかけた。通路の辺りに人の気配は無い。可能な限りそういう道を選んで歩いてきたのだから当然と言えば当然の話だった。だてにいつも基地内をぶらぶらしていたわけじゃない。
 ひとつ、息を吸い込んで。は慎重に言葉を選んだ。

「たぶん、ミゲルか誰かから説明があったと思うんだけどね……」
「……」

 の腕を捕らえながら、キラは窓から基地の様子を伺っている。――そんなに警戒しなくても大丈夫なのに。苦笑を押し隠して静かに語りかける。

「君達は保護された民間人扱いなんだって。だから、ちょっとお話を聞いたら、元いた所に必ず帰すからって……」

 ――ああ、だからそんなにピリピリしなくても平気だって。
 兵士のみなさんは今訓練の時間だし、整備の人達はドックに行ってる。通信とかデスクワーク担当の人達は持ち場についているし、休憩中の人達は大抵決められた場所で休憩を取っている。残るは見回りの兵士さん達だけど、その時間とルートはしっかり頭の中に入っている。だから、大丈夫。

 もし来るとしても、こんな辺鄙な所に来るのは、私みたいに特定の仕事の無い暇人か、あるいは――。

「おぉ、じゃないか。どうした? こんな所で」

 そうそうおやっさんぐらいで。――って、うぇ!?
 ちょ、マジで!? よりにもよってこのタイミングで。

「――っ!」

 後ろのキラが息を呑んだ。とっさに前に飛び出そうとする彼を押し留めて、はその姿を背に隠す。
 驚いたようにこちらを見る彼の視線。でも、この際それは無視だ。

「――いやあのさ、おやっさん!」
「メシにも来ないから心配したんだぞー。うっかりぼーっと歩いてて、崖から落っこちたりしてやしないかとさ」

 はっはっはと豪快に笑うところを見ると、本当に心配していたのか怪しい。むしろ、からかう気満々である。にやにやしているのがその証拠だ。いつものことながら何と腹立たしい事か!
 ……いや、今はそんなのどうでもよくて。

「……ん? なんだ、後ろの少年は?」

 今気づいたとばかりにあごに手を掛け、キラを覗き込むおやっさんに肝が冷えた。

 やばい! まずい!

 何でだかは知らんがこのおっさん、無駄に情報通なのである。
 どこそこの隊の誰それが昨日とうとう彼女に振られただとか。エリート面したとある隊長殿は実はラクス嬢の大ファンで、プラントにある彼の自室のクローゼットの中にはラクス嬢グッズがぎっしり、だとか。
 どこで集めてきたそのネタは! と言わんばかりのくだらな系のネタを含め、情報をごっそりお持ちなのである。
 そんな関係か、妙に顔も広い。前回のラクス嬢救出作戦に参加していければ知らないような情報も握っているかもしれない。
 例えば、保護した民間人の顔写真とか――。

 ごくり、との喉が鳴った。
 保護した、とは言ってもここは軍の施設だ。もちろん勝手に出歩く事は許されていないし、何よりこの状況――。
 非戦闘要員(私のことだ)に武器を押し付けている。こんな所、見つかったら。

「見ない顔だが?」

 おやっさんの目が冷たく光った。背後から息を呑む音。体がこわばる気配。
 …………まずいと思った時には、もう叫んでいた。

「いや、その……友達っ!」
「!?」
「ほう?」

 今度こそぎょっとした様子でキラが体を揺らす。馬鹿、せっかく見えないように隠したのに!
 面白そうに瞳をきらめかせるおやっさんに向かって、ダメ押しのようにキラの手に両腕を回した。その手に持った武器を隠すように。

「と、友達! 最近できたの。今日も一緒にランチする約束なんだよ。ね?」
「え……?」

 え、じゃないよ馬鹿! 合わせてくれなきゃ意味無いじゃんか!
 抱え込んだ腕を見えない位置でつねり上げる。痛みをこらえる顔でこちらを見たキラにがっつり視線を合わせた。――まさか、と見開かれた瞳に『察しろこの馬鹿』と眼力を送る。

「ねっっ!!」
「……ぁ、その……」
「――おー!」

 瞬間、場違いなほど明るい声が響いた。
 見ると満面の笑みを浮かべる男が一人。

「いやー良かった! 良かった良かった。そうか、友達か!」

 妙に上機嫌なおっさんである。
 ……何だ急に。テンション高いな。

はこんな風に見えて意外とシャイでな! その上人見知りするから、いっつも一人ぼっちで心配してたんだ。慣れてきたらやりたい放題の言いたい放題なんだが、典型的な内弁慶でなー。いや、そのギャップがまたいいんだが……はっはっは。怒るな。誉めているんだぞ?……それでもこんなむさ苦しい所で一人でふらふらしてるのは危ないからな。信頼できる友達の一人でも出来たら良いなと思っていたのだよ」

 ……うんうんとうなずくおやっさんに半眼になってしまった私を誰が責められようか。いや、責められまい。
 こんな状況でも無ければ盛大に噛み付いてやったものを!

「…………あー、おやっさん?そんな訳で……これから? 二人で。友情を? 育みたいわけですよ。……オーケィ?」
「オーケー、オーケー! はっはっは!いやーすまなかったすまなかった。無粋な真似をしたな。存分に二人で友情を育んできてくれたまえ!」

 きらりと白い歯を光らせて親指を突っ立てるおやっさんに、は引きつった笑みを浮かべた。
 そのままの表情で同じように親指を立てる。

「ラジャ。……ほら、行くよ。キラ君」
「あの、」
「しっかりやれよー少年少女よ!」

 おやっさんの軽い声が背中を押す。
 戸惑うキラをガン無視して、引きずるようにしてはその場をそそくさと後にした。

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