ソラ駆ける虹
2
手に残る彼女の感触が、ひどく不快だった。
見下ろした己の手のひらを握り締め、シンクはタルタロスの回廊を歩き出す。気を失って眠る、彼女の部屋を後にして。
――苛々する。ひどく、苛々する。
彼女の姿も、言葉も。存在そのものが、まるでさざなみのように、冷えた心をかき乱す。最初に会った時からそうだった。
『――どうしたの? 迷子?』
何の疑いも無く差し出された手。それをあざ笑った自分。けれど。
『分かるよ。だって、ぜんぜん違うじゃない』
決して見破られないと思っていた。なのに、なぜ――?
色の無い世界が、ぐらりと揺れたような気がした。
しびれるような手のひらの熱を振り払い、シンクは操舵室の扉を開いた。
艦の司令塔たる部屋の中には一対の男女。
見上げるような大男に、理知的な瞳の女。入ってきたシンクに気づいたのだろう。ちょうど良かった、と女が一歩こちらに近寄ってくる。
六神将の一人、魔弾のリグレット。
「シンク、ヴァン総長から通達です。導師イオンを連れ、アッシュ、ラルゴと共に急ぎザオ遺跡に赴くように、と」
「……わかってる。一々指図しなくてもそれぐらい考えがつくよ」
馬鹿にしてるの、と目をやると、念のためだとリグレットは律儀に返した。動じない冷めた態度が、なぜかひどく癪に障った。
苛々する。賢(さか)しらに指図するこの女にも、ヴァンにも。
「今度はお前か。せいぜいその小さい体でついてくるんだな」
「あんたこそ。でかい図体が邪魔になって、足を引っ張らないでよね」
短く嘲笑うと、にやりとした笑みが返ってきた。
――余裕、と言ったところか。大きく腕を組み、こちらを見下ろしている大男の名は黒獅子のラルゴ。同じく六神将の一人だ。
「それで? あと一人はどこ行ったのさ」
「あいつはいつもの一人狼だ。相変わらず、協調性の欠片も無い奴だ」
はっと大きくラルゴが笑う。それに不機嫌に視線をやるだけで、会話は終りだ。これ以上、話すことなんて無い。
彼らとの関わりなんて、これで充分だった。
「――間もなくだ」
リグレットの言葉が響く。
船首の向こうに、乾いた砂が舞う。
その向こうに、うっすらと浮かぶザオ遺跡の姿があった。