ソラ駆ける虹

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 手に残る彼女の感触が、ひどく不快だった。
 見下ろした己の手のひらを握り締め、シンクはタルタロスの回廊を歩き出す。気を失って眠る、彼女の部屋を後にして。

 ――苛々する。ひどく、苛々する。

 彼女の姿も、言葉も。存在そのものが、まるでさざなみのように、冷えた心をかき乱す。最初に会った時からそうだった。

『――どうしたの? 迷子?』

 何の疑いも無く差し出された手。それをあざ笑った自分。けれど。

『分かるよ。だって、ぜんぜん違うじゃない』

 決して見破られないと思っていた。なのに、なぜ――?
 色の無い世界が、ぐらりと揺れたような気がした。




 しびれるような手のひらの熱を振り払い、シンクは操舵室の扉を開いた。
 艦の司令塔たる部屋の中には一対の男女。
 見上げるような大男に、理知的な瞳の女。入ってきたシンクに気づいたのだろう。ちょうど良かった、と女が一歩こちらに近寄ってくる。
 六神将の一人、魔弾のリグレット。

「シンク、ヴァン総長から通達です。導師イオンを連れ、アッシュ、ラルゴと共に急ぎザオ遺跡に赴くように、と」
「……わかってる。一々指図しなくてもそれぐらい考えがつくよ」

 馬鹿にしてるの、と目をやると、念のためだとリグレットは律儀に返した。動じない冷めた態度が、なぜかひどく癪に障った。
 苛々する。賢(さか)しらに指図するこの女にも、ヴァンにも。

「今度はお前か。せいぜいその小さい体でついてくるんだな」
「あんたこそ。でかい図体が邪魔になって、足を引っ張らないでよね」

 短く嘲笑うと、にやりとした笑みが返ってきた。
 ――余裕、と言ったところか。大きく腕を組み、こちらを見下ろしている大男の名は黒獅子のラルゴ。同じく六神将の一人だ。

「それで? あと一人はどこ行ったのさ」
「あいつはいつもの一人狼だ。相変わらず、協調性の欠片も無い奴だ」

 はっと大きくラルゴが笑う。それに不機嫌に視線をやるだけで、会話は終りだ。これ以上、話すことなんて無い。
 彼らとの関わりなんて、これで充分だった。

「――間もなくだ」

 リグレットの言葉が響く。
 船首の向こうに、乾いた砂が舞う。


 その向こうに、うっすらと浮かぶザオ遺跡の姿があった。

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