ソラ駆ける虹

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 ふと。
 目が覚めると、無骨な鉄製の天井が見えた。

「……?」

 むくりと体を起こす。
 首に軽い熱と違和感を感じ、思わず手を伸ばす。真新しい包帯の感触が帰ってきて少し、驚いた。

「…………生きて、る?」

 まさかあのまま本当に殺されるとは思ってなかったけど。(いや、もしかしたらとも思ったし、それでもいいか、なんてほんの少しだけ考えたけれど)
 けれど、結局。

 ちらりと横に目線をやると、小さなテーブルの上に水差しとコップが置かれているのが見えた。
 なみなみと満たされた水が、船の振動につられて小さく揺れる。それをなんとは無しに見詰め、止めていた息をそっと吐き出す。続いてははっ、と小さな笑いが。

「生きてるんだ」

 それが答えのような気がした。




 ひとしきり笑った後、ダメだろうなと思いながら手をかけた扉にはやはり鍵がかかっていて。
 パイプ椅子と無骨な机、あとベットしかないこの部屋で、はなすすべもなく事態が動くことを待つしかなかった。
 さっきまで寝ていたベットに腰かけ、水差しに手を伸ばす。
 一口含んで元に戻し、小さな丸窓の外を見た。砂埃が舞う空を映すその光景は、ここがまだザオ砂漠だと告げている。
 怒涛の展開に、思わず大きなため息がひとつ。

 ――発掘隊の人たちは、大丈夫だっただろうか?

 突然攫われた時の、同行者達の叫び声を思い出し、気持ちがふさいだ。
 捕まってすぐ、妙な薬を嗅がされ気を失ったからよく覚えていないのだが、発掘隊最年長のイミル爺さんが怒りで顔を真っ赤にして拳を振り上げていたのは覚えている。興奮しすぎでひきつけを起こすんじゃ無いかと気を揉みはしたが、まあそれはいつものことなので心配はしていない。
 が。

(あれは確実に「調査が遅れる!」って怒ってたな……)

 どうしてくれる、と涙目で店に怒鳴り込む姿が目に浮かぶようだ。それを思うと、つい遠い目になってしまう。
 『違約金が何だの』とか言う話にはならないと思うが、かんしゃくを起こして暴走する爺さんなだめる発掘隊の人たちの苦労を思うとなんとも気まずい思いがする。不可抗力とは言え、あっさりさらわれてしまったんだから、さぞかし呆れていることだろう。とはいえ、基本的に人がいい人達だから、探してくれてるだろうし心配もしてくれているだろうと思う。……たぶん。

 身元引受人の店長にも連絡してくれるだろう。
 それを聞いたら、店長もつてを使って探してくれるだろう。心配をかけることを思うと、申し訳ない気持ちになった。

 ふーっと息を吐いて、壁に背を預ける。
 閉じ込められた自分にできることは少なかった。ゆっくりとまぶたを閉じ、体力を温存しつつ、次の展開を待つ。

 それからしばらくして、入り口のドアが開いた。




 砂埃を立てて走り去る戦艦を見ながら、はつい先ほど受け取ったかばんを握り締めた。
 一緒に渡された小さな皮袋が、チャリっと音を立てて鳴る。

 砂埃の向こうにうっすらと見えるのは商業都市ケセドニアだ。そこから船に乗るとでも思われたのだろうか。かばんの中には旅の路銀には充分すぎるほどの貨幣が入っていた。

「……名前、聞けなかったな」

 最後まで口数が少なかった少年の姿が頭をよぎる。
 昔。それもたった一度会っただけの彼が、どうしてここまで親切にしてくれるのかは分からなかった。彼はきっと教団兵で、自分を攫ってきた男の仲間なのだろう。身に着けている制服が似通っていることからも、それは想像できた。

 そもそも、どうして自分が攫われたのだろう。

 利用価値があるとでも思われたのだろうか? ローレライ教団、最高導師イオンに縁のある人間として。
 イオンは導師であるがゆえに、それなりに敵も多い。だからあまり親しい人を作らないようにしていると言っていた。だからこそ、今も文通相手として親しい関係が続いている自分が、数少ない友人の一人として『利用価値があるのでは』と目をつけられたのかもしれない。

 そんなに簡単に利用されてやるつもりもなかったけれど、彼と親しくつきあうことで出てくる問題に関しては、ある程度の覚悟はしていた。  けれど、そんな覚悟をあっさり無視して、彼は私を外に連れ出した。その上、路銀まで持たせて逃がしてくれた。

 考えれば考えるほど不思議だった。

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