ソラ駆ける虹

モドル | ススム | モクジ

  5  

 アクゼリュスの崩落の報を受け、ローレライ教団総本山はすさまじい混乱の中にあった。


「――アクゼリュスが?」
「なぜ事前に預言(スコア)を公開してくださらなかったのですか!?」
「今度はどこが落っこちるんだよ……」
「イオン様はどちらに!?」


 正門の前には各地から信徒が詰めかけている。
 状況を把握できない下っ端の教団員は、その流れをせき止めるだけに精一杯だった。


「おい、貴様、許し無く神殿内に立ち入るな!」
「教団の預言が信じられないと言うのか!?」
「どけ、貴様ら。邪魔だ!」


 信徒も教団員も、初めて訪れた『先の見えない未来』に不安と苛立ちを募らせ、無様な言い争いを続けている。
 その様を眼下に、シンクは仮面の下で薄く笑った。

 預言に無いアクゼリュスの崩壊に、世界中が浮き足立っていた。
 各地でローレライ教会に詰め掛ける人が殺到し、中でもその総本山ダアトへ押し寄せる人波といったら前者の比では無かった。

 真相を確かめようとする者。非難する者。泣き叫ぶ者。

 とりわけ、安全を求めてダアトに身を寄せる者の数は半端ではなく――預言を握っている教団の本部があるところだ。万が一にも崩落することは無いと思ったのだろう。
 世界の有力者や裕福な者達が危険を承知で船を出し、その対応に教団員はかかりきりとなった。

 結果、普段はその任に就かない『神託の盾(オラクル)騎士団』すらも応援に駆けつけることになったのだ。



 人が殺到する正門を避け、シンクは裏門をくぐった。
 時間を取られてしまった。信徒の増加に伴い、雑務が急に増えたのだ。
 他の六神将を動かす都合上、信徒の処理を一手に引き受けたせいで出発が遅れた。
 すでに他の六神将は各地に散り任務についている。

 遅れを取り戻すため足を速めた、その時だ。
 考えもしなかった人物の姿に、シンクは息を呑み、次いで激しい舌打ちを打った。

「っ、――あいつは」




 殺到する人々に突き飛ばされ、は膝から倒れこんだ。
 痛い、と思う間もなく、急いで立ち上がる。
 もたもたしていたら後ろから来る人たちに蹴り飛ばされてしまうからだ。痛む足を引きずって人波から離れる。

 喧騒から少し離れた建物の隅に来てようやく人心地ついた。
 ……危なかった。誰もが自分の事に手一杯で、周りの人の事を気にしていないのだ。今も、前の人を強引に押しのけて神殿内に入ろうと怒声を上げている。
 その様子を見て、は小さくため息をついた。

 ――疲れた。

 予想していたことだが、目的の人物にもそうそう簡単には会わせてもらえないようだった。それも当然だろう。今まさに、渦中の人である導師イオンに会いたいなんて、コネやツテがあっても不可能に等しいことなのだ。
 こうなると長期戦になる。気を長く持たなければ……。
 そうとなれば、せめて落ち着くまで一休みしようと腰を下ろそうとして。

 は思わぬ人物に腕を取られた。

「――こんなところで、何やってるの」

 不機嫌そうに言うその人物は、砂漠でを助けてくれた少年だった。前と同じように奇妙な仮面をつけている。
 まさかこんなところで再開するとは思ってもいなかったから、は驚きに目を開いた。
 そして何か口に出そうとした所で、ほんの少しの違和感を感じて首をひねった。

 彼は旅装用コートをまとい、その顔を隠すようにフードをかぶっていた。
 神殿の周りを取り囲む人達に気づかれないためだろうか?中に着込んだ教団の制服をうまく隠している。

「君は――?っう!」

 立ち上がろうと身じろぎして、膝の痛みを思い出した。
 見ると、皮がめくれてうっすらと血がにじんでいる。

「痛た……。さっき転んだ時かな? て、それより――」

 『あの時はありがとう』
 そう言おうとした矢先に、腕を引かれた。
 有無を言わさずひっぱり上げられる。その衝撃に、更なる痛みが脳天を突き抜けた。

「〜〜〜った――!」
「うるさい。黙って」

 涙混じりに上げた声は、ぴしゃりと遮られた。
 何かこういうのばかりだ、なんて思ったけれど、口には出さなかった。言っても無駄な気がしたからだ。
 当の彼は先ほどから二割り増しぐらい不機嫌なオーラを放っている。触らぬ神に祟りなし。そんな慣用句が頭を駆けたぐらいだ。
 痛む足を引きずって、黙って引かれるままに歩き続ける。

 ようやく小さな門の入り口にたどり着いた。
 そこに立つ門番に彼は一言告げただけで承諾を取り、さらに先に進む。

 迷うことなく進む彼に連れられ、は数年ぶりに、懐かしい神殿内に足を踏み入れた。



モドル | ススム | モクジ