ソラ駆ける虹
-7-
その部屋を見つけたのは、本当に偶然だった。
軟禁されたイオンとナタリアを見つけ、オラクル本部から脱出する途中、早足で人気の無い通路を歩いている時だった。
ティアが敵の気配に気づいたのだ。
「――近づいてくるわ」
「……まずいですねぇ。少し、数が多い」
「隠れよう!」
ルークの言葉にジェイドとアニスが仕方ない、と不承不承に頷いた。
まだルークのことを信用していないのがありありと分かるその態度に少し傷つき……けれど、そんなこと言ってられないと気を引き締める。
そんな三人をティアが気遣わしげに見ている間に、ガイが当たりをつけた扉の鍵を開け、ルーク達はすばやくその部屋の中に入り込んだ。
――じっと息を殺して足音が過ぎるのを待つ。
ただの巡回だったのだろう。扉の前を通り過ぎた足音はそのまま少しづつ遠ざかって行った。その足音を耳にしながら、ルーク達は無言で顔を見合わせる。
もういいぜ、というガイの言葉に、ルークは大きく息を吐き出した。
小声で退路を確認し合う仲間達。
その会話を耳にしながら、ルークは救出した内の一人を呼ぼうと振り返り――その異変に首をひねった。
「イオン?」
「そんな……。なぜ、ここに?」
イオンの瞳は驚愕に見開かれている。
その視線の先には、静かに眠る一人の女性の姿があった。
その瞳に絶望を映したらどんな風になるのだろうか。
きっと、今の私のような瞳になるのだろう。
目の前で寂しげに笑う少年を見て、は漠然とそう思った。
「お久しぶりです。元気そうで良かった、」
ふわり微笑む彼の姿は、懐かしいあの人を思い出させ。
それと同時に、ある事実をもに突きつけた。
「う、ん。元気……だよ」
昔どおり振舞えただろうか。
ぐらぐらと揺れる頭を振り絞って答えたけれど、とてもじゃないがそんな自信は沸いては来なかった。
眠る彼女を見つけた、あの後。
イオンの懇願で、閉じ込められていただろう小部屋から彼女を連れ出し、ダアトを脱出した。
急ぎタルタロスに向かう間、どんなに衝撃を受けても起きない彼女にイオンはひどく心を痛め。
ようやく落ち着いたタルタロスでその理由が分かった。彼女には何らかの術がかけられていたらしい。
彼女の解呪を、体を気遣うルークの言葉を振り切るようにして、イオンは強行した。
少しして目を覚ました彼女とイオンは、ひどく悲しい顔で、一言二言交わし――。
少し休みたいと言う、青い顔をした彼女の願いを聞き入れ、ルーク達は廊下に出た。
同じように出て来るかと思ったイオンは、まるで当然のごとく彼女に付き添い。そしてそれを止めるでもなく、アニスはにやにやと、何とも言いがたい目つきで部屋の方を見つめている。
「アニス、イオンに付いてなくていいのか?」
不思議になって、ルークは聞いた。
自由奔放な言動にだまされそうになるが、これでもアニスは導師守護役をきっちりこなしてきた。たとえ安全な宿屋の中だとしても、イオンを一人にすることなんてそうそうしない。
良くて何か他に任務がある時で、そんな時でも必ず誰かに任せてから動くようにしている。
そんなアニスが、何も言わずイオンを単独行動させるなんて、とても不思議な気がしたのだ。
「えー。だってアニスちゃん、馬に蹴られたくないしー」
「おや、ではやはり、彼女が例の、ですか?」
ちょっとうざそうな顔をしたアニスだったが、ルークの質問には答えた。
そんなアニスに、やけに楽しそうなジェイドが茶々を入れてくる。
そんな二人の様子に、ルークは更に疑問を深めて首をひねった。
「大佐さっすがー。でもよく知ってましたね。ダアトでも教団内部の、特にイオン様に近しい人間しか知らない情報なのにー」
「はっはっは。導師イオンともなれば注目度も格別です。それに人の恋路ほど面白いものはありませんからね」
「……大佐って趣味悪〜い」
至極ご満悦なジェイドをアニスはうろんな目つきで見上げた。
それに「おや何か言いましたか」と、しれっとした顔でジェイドは返している。
「……例の?」
楽しげに会話する二人に、また嫌な顔をされるかも、と思いながらもルークは口を挟んだ。
あんなにもイオンが必死になるのは、教団と戦争が絡んだ時以外見たこと無かったから。
それに、アニスが何も言わずに引き下がったのも気になった。
自分が知らないだけで、よほど重要な人物――イオンの肉親とかなんとか――なのかと思いきや、二人の会話の様子を思うとどうもそんな雰囲気じゃないし……。
ルークの杞憂をよそに、二人は意味ありげに視線を合わせた。
にやりと笑う姿がいかにも悪巧み、といった感じで少し腰が引けてしまう。
そんなルークにたっぷりの間を取って、ジェイドはさらりとこう告げた。
「彼女はね、導師イオンの――想い人、ですよ」
思いもしなかった答えに目を点にするルークの後ろで、ティアは恥らうようにほほを染めた。