ソラ駆ける虹
-9-
その瞳と再開を果たしたのは、マルクト帝国の首都グランコクマに向かう途中。
テオルの森で足止めをくらった時だった。
バシッと、木に拳を打ちつける乾いた音が響いた。
目の前には仮面を外したシンクがいる。
「――っ、どうして君がここにいる!」
ぎりぎりと幹を握り締める音がした。
逃げ場を求めて左右を見ても、彼の両腕に塞がれて身動きが取れない。
正面を見返すと、炎のように揺らめく緑の瞳がこちらを見据えていた。
「どうして、どうして……。よりによって、あいつの隣に!」
瞳が歪む。
苦しげに、いらだたしげに、悲しげに。
そんな揺れる瞳に伸ばした手は、届く前にさえぎられた。
彼に捕まえられた右の手は痛いほどに握り締められていて。
苦痛に顔をゆがめると、一瞬だけその力が緩んだ。
けれどそれも一瞬で、そんな時間すら嘘だったとでも言うぐらいにきつく腕を締め上げられる。
「――つぅ!」
生理的な反射に、目に涙がにじむ。
追い討ちをかけるように、左の手も捕まえられた。
はっと顔を上げたときには、驚くほど近くに、揺らめく緑が見えて――。
グランコクマに向かう馬車の中で、は一人で座り込んでいた。
あざの浮かんだ右の腕。その痕をしばし撫でて、そして手のひらをそっと唇に添える。
――あれは一体、なんだったんだろうか?
触れるかと思った唇は、紙一重のところで反らされた。
そして当て身をくらって気を失い、目を覚ました時にはマルクトの兵士に保護されていたのだ。
迎えに来た兵士に連れられ、導師達の待つ首都グランコクマに向かう、その途中、一人きりの馬車の中で、は物思いにふけっていた。
何度考えても、答えは浮かばない。
ふと、空を見上げる。
憎らしいぐらいに良く晴れた空に、白い雲が浮かんでいる。その流れるさまを目に、はひとつ息をついた。
熱い吐息が触れる感触だけが、やけにリアルに、その唇に残っていた。