ソラ駆ける虹

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 このオールドランドと呼ばれる世界に来て三年になる。
 もう、三年だ。
 異世界だなんて、物語の中で聞いた事はあっても、現実になんてあるわけ無いと思っていた。
 けれどいつの間にかこの世界に落とされて。気がついたら、こんなに時が経ってしまっていた。

 ――――なぜ私だったのか。
 理由なんて知らない。気がついたら、もう、『ここ』にいたのだ。

 事情を語ってくれる人は誰もいなかった。ただ一人、イオンだけが、錯乱した私をなだめ、異世界から来たのだと言う、まるで現実味の無い夢物語を信じてくれた。
 何が何だか、訳が分からなかった。帰りたくて。ただ、帰りたくて。
 どうしてそんなに帰りたいのか分からないほど、元の世界が恋しかった。
 そんなに良いものだなんて、思ってもいなかったのに。失って始めて、まるで足元が崩れ落ちるような喪失感を感じた。実際、立っていられず、膝をついたように思う。恥ずかしい話、当時のことは良く覚えていないのだ。あまりに混乱していたせいでその前後の記憶も、自分が何を聞いて、何を叫んだのかも、何もかも。
 裂けた心の彼方に埋もれて思い出されるのを拒否している。

 ただ、助け起こしてくれた少年の手のひらの温かさが、まるで胸に宿る灯火のように、ほのかに熱を持って記憶に残っていた。
 そんな最初の混乱が少し落ち着いて、ようやく。

 イオンの保護を受けながら、文字を覚え、人と知り合い、この世界を知った。
 月の数え方の違いに戸惑い、それでも太陽は変わらないのだと笑い、空の青さに少し泣いた。
 預言(スコア)に頼る生活には――今になっても――慣れなかったけど、初めて見る料理に舌が慣れるころには人並の生活が送れるようになった。

 不安が無かったわけではない。
 時には言葉にならない孤独に襲われて、眠らず過ごした夜もあった。明ける夜が怖かった。
 また一日が始まるのだと。何の手がかりも無く、調べる手段も持てず、日の落ちる時に「否」の言葉を聞くための日が始まるのだと、思い知らされるのだから。
 そんな日々が幾日も続き、ぽつりと不安を零した私に、イオンは一つの提案をくれたのだ。「――――、情報が集まる街がある」と。
 「変わらない」教団での生活が、もう限界に達していた。
 そのころ特に体調を崩し寝込みがちだったイオンが心配ではあったが、最終的に、私は自分の都合を選んだ。


 初めて体験する砂漠の生活は、慣れるまでが本当に大変だった。
 イオンから紹介された商業都市ケセドニアの代表者であるアスターさんに住まいと仕事を用意してもらって。
 店長のお店に厄介になることになり。水を極力使わず料理をする方法を覚え、店番の仕方を習った。買物一つをとっても、コンビニで物を買うのとはわけが違って、色々コツがあって大変だった。

 異なる環境と言うのは、想像していた以上にきつかった。日中などはただ立っているだけでも疲れるのだ。そして夜は家の中にいても凍えそうなほど寒くなる。最初の頃はそのせいで何度も体調を壊した。
 それでも、何かをしているという充実感があった。元の世界に帰る方法は残念ながら見つからなかったけれど、それらしい情報が手に入ると、商人ギルドを通して、調査隊に加えてもらうこともできた。
 イミル爺さん達とは、その時知り合ったのだ。

 そうして日々を重ね、月を重ね、年を経る内に。

 仕事を覚え、常連さんたちに名前を覚えてもらった。
 道を歩くと、挨拶する人が増えた。たまにカモられたりもしたけれど、助けてくれる人もいた。
 国と国とを巡回するキャラバンの人達に「また来年」と手を交わし、笑って手を振る自分に気づいた。


 この町が好きになっていた。

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