ソラ駆ける虹

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 照りつける太陽がじりじりと身を焼くようだった。
 しかし、今のに、その感覚は無い。前を行く爺さんの後を、ただ黙々と歩いていた。

「ちょいと休憩するかの」
「…・・・はい」

 砂丘の影に腰を下ろした爺さんにうなずいて、同じように腰を下ろす。
 水筒を取り出し慎重に口をつける爺さんとは違い、は何もしなかった。必要が無いからだ。喉の渇きを感じなくなって、もう幾日か過ぎている。

「挨拶は、本当にせんで良かったのか?今なら引き返せるんじゃぞ?」
「……」

 ふるふると首を振ると、苦虫を噛み潰したような顔が目に入った。心配してくれることが分かるだけに、どうにも申し訳ない。逃げるように顔を伏せる。
 そんなの顔は、包帯やフードで厳重に覆われている。日焼け対策ではない。そうしなければならない事情があった。

「ザオ遺跡、か。まさかこんな目と鼻の先にあったとは……。盲点じゃったな」

 イミル爺さんのつぶやきが苦く響いた。




 あの後、目を覚ましたを、シンクは問答無用で叩き出した。

 必要がなくなったから――。

 どこでも、好きなところに『帰れば』いい。そう言い捨てたシンクは、の引き止める声にも振り返らず、その日のうちに姿を消してしまった。

 行き場を無くしたは町に戻った。同行していた商隊と合流し、そして預言された通り十日で降り止んだ雨を待って、元々の目的地。レムの塔へと向かったのである。



「――遅いぞ小娘!」

 塔で待っていたのは、イミル爺さんただ一人であった。調査隊は導師イオンの死の報を受け、すでに撤退したらしい。
 驚くに、爺さんは不機嫌に言い放った。

「はずれじゃ。ここは、そんなもんじゃないわい」

 そう言って、塔の最上階の端に刻まれた小さく碑文を指した。

『そは界を隔てし、結ぶもの。
 光の階(きざはし)。
 七色に輝き、空を破りて天へ伸びる。
 隔てられし者よ。落とされし者よ。
 望むならば、求めるが良い。
 深き祈りが届く時、司りし者、その身を光に変え、道を作らん』

「……これは?」
「ここは、創西暦時代、空の海を越えることを目的に作られた装置じゃ。あんたの望みは――世界を渡ることはできん」

 もっとも、星の海すら越えられん失敗作じゃったみたいじゃがな。
 そう言って、爺さんは肩をすくめた。そんな爺さんの隣で、は腰が抜けたように座りこんでいた。違った?……頭が真っ白で、何も考えられなかった。

 どんな思いで、ここまでやってきたと思っているのか。物言わぬ小さな碑文に問いかける。
 生まれた世界から切り離されて。帰れるか、帰れないのか。その狭間を気が狂うほどにさまよった。うつむきそうになる顔を上げ、空を見上げて、きっと、いつか、と――。
 そうして何の手がかりもないまま月日は流れた。その希望も、もはや叶わぬ望みだと半ば諦めの中、覚悟を決めた。ここでやっていくんだろう、と。
 そう思っていた。その時だ。急に世界が開けた。帰れるのだと。
 悩んで、迷って。
 結局、帰る道を選んだ。その途中、思いがけないことばかり起きた。シンクが生きていた。イオンが死んだ。そしてこの体は消えかけている。

「なんで、また」

 苦しくて、情けなくて、悔しくて。
 小さな碑文に縋るように手を付ける。そうしたら、何か奇跡が起きて、元の世界に帰れるかもしれない。そう思ったから。
 でも、思っただけだ。
 まさか本当にそんなことが起こるとは思わなかったのに。

「な、なに?」
「なんじゃ、この光は!?」

 目も開けてられないほどのすさまじい光が目を焼いた。
 誰かの視界を、無理矢理流し込んだようなイメージが強制的に頭に浮かぶ。
 碑文に新しい文字が刻まれる。

    『          』

 その只中で、何か大きな意思が、の鼓動を強く揺さぶった。



    『  ミ ツ ケ タ 』






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