ソラ駆ける虹

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 最後の最後で立ちはだかった少年の姿に、ルークは言い知れないほどの悲しみを感じていた。

「おまえは……そんなに預言を恨んでいるのか」

 うめくようなガイの言葉を、シンクは鼻で笑った。何をいまさら、と。
 どうしてそんな当たり前の事を聞くのだと、嘲笑すらこぼして。

「ボクは導師イオンが死ぬという預言で誕生した。一度は廃棄されたことも知ってるだろう?」

 彼は導師イオンの七体のレプリカのうちのひとつであった。始めは生かされていた彼らではあったが、不要とされた者は、順に処分されたと言う。……生きたままザレッホ火山の火口に投げ込まれたのだ。
 力が及ばなかったという、ただそれだけの理由で。

「だから……預言を恨んでいる? 捨てられたから?」

 ――愚かなレプリカルーク――。

 まるで呪いのように脳裏にこびりついて離れない言葉が胸に響く。あの絶望……。地が砕かれ、奈落に落ちていくような恐怖。
 それを思い出し、ルークは知らず震えた腕をさすった。ちらりとこちらを気遣うティアの視線を感じる。

「――違うよ生まれたからさ! おまえみたいに代用品ですらない。ただ肉塊として生まれただけだ。……馬鹿馬鹿しい。預言なんてものがなければ、ボクはこんな愚かしい生を受けずに済んだ」
「生まれてきて、何も得るものがなかったっていうの?」

 叫んだのはアニスだった。にぎりしめた拳が、血がにじむほどに小刻みに震えている。
 彼と対峙することが、アニスにとってどれほどの心理的負担になっていることだろうか。イオンと瓜二つの容姿に、声だ。その上、新たにもたらされた事実がアニスに更なる動揺を与えていた。

『導師イオンは死ぬ』

 イオンの死すら、預言に詠まれていたと言う。しかも、レプリカである彼らですら、その預言に縛られている。星の記憶のままにいけば、オリジナルである導師も、そのレプリカであるイオンも、先刻保護したフローリアンも、目の前にいるシンクも死ぬことになる。
 暗に示唆された未来に、ルークは愕然とした。

「ないよ」

 そんなルークの戸惑いを知ってか知らずか、シンクは無表情に告げた。シンクの表情に、ふと、彼の言った「愚かしい生」という言葉を思い出す。
 イオンが死ぬという預言によって、彼の代用品にと彼らレプリカは誕生した。そして導師は死ぬという星の記憶がある限り、レプリカ達にとっても、死は逃れられないものとして存在する。
 預言に縛られた生を、シンクはどう考えていたのか。

「ボクは空っぽさ。だが構わない。……誰だってよかったんだ。預言を、第七音素を消し去ってくれるならな!」

 開放されたシンクの力を受けて、エルドランドが激しく揺れる。
 かつて崩壊したホド島のレプリカであるこの浮遊都市は、果たしてどれだけの第七音素を元に構成されているものなのだろうか。その全てを吹き飛ばす勢いで、シンクは力を高めている。

 もしかしたら、彼は自分だったのかもしれない。ふとルークは考える。
 預言によって生まれた命、そして消える命であるのはルークも変わらない。あまりにも色々な事があったせいで見失いがちだが、それは変わらない事実だ。
 けれどそれら全てが、星の記憶に縛られたものだとは、ルークは思いたくなかった。生まれは変えられない。けれど、ヴァンを止めようと、この地に来ることを決めたのは自分だ。レプリカとして生を受け、人に出会い、感じ、愚かしさを学び、考えた。あまりにも自分は馬鹿で、間違いばかりして……。 それでも、ここまで来るのを決めたのはルークだ。他の誰でもない。ルーク自身なのだ。
 そう思える今の自分を、ルークは決して嫌いではない。

 『烈風』の名が表すとおり、すさまじい速さでシンクが肉薄する。

 彼と自分の違いは、何だったのだろう――?

 初撃を交わし、続く第二の攻撃を剣でガードする。ダアト式譜術によって強化されたシンクの蹴りは思った以上に重かった。骨がきしむ音を聞き、苦痛をやりすごそうとして、ふいに痛みが軽減したのを感じた。ティアだ。どうやら回復の譜術をかけてくれたらしい。

 時間差無く、攻撃に転じる。大技を放って体制が乱れたシンクに迫る。小さくうめく彼に、ジェイドの譜術が襲った。

 ――違いは、何だったのだろうか?



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