ソラ駆ける虹

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「――誰でも良かった?」
『そう、私が籠められた異相空間に亀裂を生じさせる刺激を与えるモノ。それならば、誰でも』

 地核の淵に落ちたは、ほどなくして、不思議な光に包まれた。
 なぜ、と思う間もなく落下は緩やかなものになる。横を見れば、不思議な色に輝く光の粒子が帯状に伸びていた。どこかで見た……。そんなふうにぼんやりとしている彼女を、光の塊が覆ったのだ。

『六度失敗し、七度目に貴女を呼び出した。試みは、おおむね成功した。貴女を落とした結果、世界にひずみが生まれた』

 どこからともなく現れた光の鳥は、名をアスカと言った。異なる空間、異なる時間に存在する、光をつかさどる精霊であると。
 その精霊は、人の手によって捕らえられていたと言う。時が経つのを忘れるほど長く閉じ込められていたとも。その檻から逃れるため、を『使った』ことも。

『誰でも良かった。できたほころびを、あとは時をかけて広げるだけ良かった。けれど、その前に私は助け出された。私を閉じ込めたのと、同じ人の手で』

 自力で脱出する前に、召喚士を名乗る男に助けられたという。そしてずっと探していた『半分』と再会できた。その半分と話すうちに、思い出したらしい。かつて己のために利用した、人間の娘がいたことを。

『すまないことをした』






 戦闘が長引くにつれ、シンクの消耗の度合いは激しくなっていた。無理も無い。こちらが六人なのに対し、彼は一人だ。その上、普段は封印されている強力な力を解放しての戦いである。その力の制御だけでも相当な精神力を消費しているだろう。息は上がり、顔色も悪い。見るからにボロボロの状態だった。

 剣を構えながら、ルークは苦い思いを感じていた。どうして、まだ戦うのか。そんなルークの迷いを見越したように、シンクが嘲(あざけ)るように笑う。

「どうだい、イオンと同じ顔のボクと戦うのは」
「顔は同じでも、お前はイオンじゃない!」

 あまりな言葉に、叩きつけられた掌撃を交わしながらルークは叫んだ。間髪いれず振りかざした斬撃を、シンクは間合いを取ってかわす。

「あなたはイオン様の代わりとして生きたかったわけじゃないでしょう!?」

 ティアの悲痛な叫びを、シンクは笑って受け流す。

「ははっ! ボクはボクだとでも言いたいのかい? ボクは空っぽなんだ。ボクの存在は無意味なんだよ」

 シンクの唱えた譜術が氷の結晶となりルーク達に降り注いだ。氷のつぶてから体を守りながら、ガイが呆れたように呟く。

「無意味だとか言うやつが、こんなところで命を張るとはな」
「死ぬ前にもう少し素直になったらどうです?」

 皮肉るように言ったのはジェイドだ。氷雨をガードしながらも抜かりなく、新たな譜術を展開させていく。

「素直? おかしいことを言うね。まがい物の人形に感情なんて無いよ」

 つまらなさそうに言うシンクの言葉に、ルークの視界が真っ赤に染まった。人形? 誰の事を言っているんだ。

「だったら」
「はっ?」
「だったら、彼女はどうなる!?」
「っ――!?」

 ルークの叫びに、瞬時、シンクが動きを止めた。

「今です!」

 その隙を見逃すジェイドではない。綿密に練られた譜術が、爆炎となって吹き荒れる。

「うぁああぁぁぁぁぁあ!」

 シンクの叫びが響く。激しい炎から体を庇いながらも、ルークは目を凝らした。
 炎が治まり、視界が戻る。
 開けた広場の真ん中でシンクが膝をついていた。直前で避けたらしく、致命傷にはなっていないようだった。肩を押さえ苦痛に耐えながらルークを睨みつけている。

は、どうなんだ。シンク。彼女のことは、どう説明する」

 イオンの死後、ルークは彼女を探した。仲間だったイオンが大切にしていた人だ。できるかぎりその力になりたかったし、イオンの最後を伝える必要もあった。
 思いつく限り探してみたが、結局、彼女は見つからなかった。探索の途中、アスターから彼女は遠い故郷に帰ったのだと伝え聞いた。
 残念には思ったけれど、それで良かったのかもしれない。知らなくても良いことだって、この世界にはある。

 ふっとシンクは笑った。
 炎に煽られ爛(ただ)れた肩を庇いながら、引きずるように身を起こす。ルークは畳み掛けるように叫んだ。

「大地を消滅させたら、彼女だって死んでしまうんだぞ。お前は、それでもいいって言うのか!」

 封印までかけて、ダアトの一室に彼女を閉じ込めていたのは彼だったという。足手まといになると分かっていて、テオルの森で彼女をさらったのも彼だ。それよりさらに前に、ディストにさらわれた彼女を保護し、そして逃がしたのもシンクだったらしい。
 他の時は知らない。けれど少なくとも、テオルの森で彼女を見つけた時のシンクの様子をルークは知っていた。
 イオンの横に並ぶ彼女の姿を見つけた時イオンに叩きつけた、あの殺気にも似た激しい感情も――。

 あれほど一人の人間に執着しておいて、感情が無いなんて、言わせない。
 激昂するルークを、ひどく静かにシンクは見返していた。
 その瞳が、どこか、消えてしまう前のイオンに似ている気がして、ルークは言葉を失った。

 何だ? 何か、様子が……。

「構わないね。どうせ、もういない」
「……なんだって?」

 疑問が形になる前に、ルークの思考をシンクの言葉が絡み取った。嫌な予感が、頭を過ぎる。

「七番目がいなくなったのに、あの女に利用価値なんて無いよ。もういない。……最終通告はボクがした。最後まで忌々しい奴だった」

 ――最後まで。
 吐き捨てるような口調に、ルークは視界が再び真っ赤に染まるのを感じた。その言葉が何を意味するか。それは分かりきったことだった。

「お前――!!」

 愕然と息を呑むアニスの姿が視界に映る。
 そんなルーク達を見返して、シンクは力を凝縮する。

「ボクを惑わせようとしても無駄だ。――こんな世界、うんざりだよ。みんな滅びてしまえばいいんだ!」

 音素が光の陣となって、爆発する。その力の奔流の中を、ルークは夢中で駆け抜ける。


 最後の一振りの瞬間、シンクが笑ったように見えた。



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