アスタリスク
6
何かの間違いだったらいいな、と思った。が、それは儚い幻想だったようだ。
「お久しぶりですわ、」
「お、お久しぶり…デス……」
ついさっき見た姿のまま、おっとりと微笑む少女に内心どぎまぎになりながらは答えた。
なんで! どうして? どういう経緯で――!?
冷や汗だらだらのの激しい動揺をよそに、ピンクの髪の少女は親しげに歩み寄って来た。
指令本部のエントランスで。
宿舎への道を探してきょろきょろしていると。
目が合ったとたん。
「まさかまたお会いできるとは思っておりませんでしたわ。お元気そうでなによりです」
そう言って、彼女は自分に話しかけてきたのだ。
にっこりと微笑み労わる姿は、ついさっきテレビ画面で見たそのままの可憐さだ。柔らかに揺れる髪も、涼やかに響くその声も、そのおっとりとした話し口調も。
「あ、あなたが、ラクス……嬢?」
恐る恐る、さっき聞きかじった、目の前の少女の名前を口にする。
「はい。ラクスですわ」
にっこり。可憐な笑みを少女は見せる。
そこまで来て、フリーズしていたの頭はようやく再起動を始めた。
察するに、おそらく「ザフトの」は彼女の知人だっのでは無いだろうか。彼女の口調や話しかけて来た時の態度から考えると、そのような予測が簡単に導き出された。
とっさにそう考えたは、自分の現状を――記憶障害だと(嘘ではあるが)この少女に伝えようか迷った。このまま話し続ければ、いずれぼろが出る。そうなる前に先手を打っておいた方がいいのでは無いかと思ったからだ。
けれど、実際それを言う必要は無かった。……と言うか、言う間が無かった。
頬をつぅっと汗が伝う。
いや、あの、さ!どうして姿を見かけたら声をかけるほどの顔見知りなのに……。
――こんなに空気が冷たいのでしょうか!?
引きつり笑いでは応える。
それを見つめるラクスの瞳は、表面上の穏やかさを裏切る、鋭い刃が込められていた――。
ふらふらしながら、基地の中で会った人に部屋までの道を聞いて(なぜか絶句された。後で気づいたんだが、自分の部屋の場所を聞いて回る軍人なんて不審人物以外の何者でもない)何とか部屋にたどり着いた。
そういえば、助手の彼に地図を持たされていたことをすっかり忘れていた。
笑い出しそうになる足を何とか奮い立たせて、一歩一歩前に進む。
なんでこんなに疲労してるんだろうか。そう考えて……ああ、間違えなくアレだ、と察しがついた。
――ラクス嬢との会話。あれに体力を根こそぎもっていかれた。
話した内容はあまりよく覚えていないが、あの口調、おっとりとした雰囲気に隠れて、チクチクととげでつつきまわすようなあの感覚は肌に染み付いて離れない。
唯一しっかり記憶に残っているのは、お付の人の「そろそろお時間が……」と言う一言が、まるで天の助けのように高らかに響いたことぐらいだ。
両手をクロスして歓喜に震えるを、やっぱりじーっと見つめるラクス嬢の姿はこの際見なかったことにした。だってそのほうが精神衛生上よろしかったからさぁ!
だが、しかし。
何故なのだろう? 顔見知りなのは間違いないようだったが、なんだかびっくりするぐらい険悪な雰囲気だった。まるで・ディックスとラクス嬢の間に、こうならざるを得ない程の何かがあったのではないか、と邪推させる位には。
そんなに仲悪いのなら最初から話しかけなければ良いのに、とも思った。けれどそれはまた当人同士の話だ。自分がわざわざ口出しするようなことじゃ無い、とは思うのだが――。
いや、でも、人違いでこの仕打ちってのはちょっとかんべん……。
ぐったりと沈みそうになる体と頭を何とか動かしながらドアノブに手をかける。
他人の部屋に入る、ということに少しばかり罪悪感を感じたが、今の状況ではどうしようもない。自分が行ける場所はここしかないのだ。少しばかり考えもある。
(すいません、お邪魔します……!)
心の中で本物の部屋の持ち主に詫びて、は鍵を開けた、が――。
部屋に入って、はまず絶句した。