アスタリスク

モドル | ススム | モクジ

  8  

「海は……いいよね……」

 ぼんやりつぶやくと、潮風がからかうようにほほを撫でた。視界には海、海、海。
 目が冷めるような紺碧の青が世界の半分を埋め尽くしている。残り半分は抜けるような空。その端っこに小さく見えるモビルスーツは見なかったことにした。
 さざ波のBGMが心地よい。

「お〜いー。そろそろ昼飯の時間だぞ〜」
「はーい。今行きまーす」

 軽く現実逃避しても腹は減るわけでして。

 お父さん、お母さん。
 娘は今、ザフト軍地球基地で、わりと元気にやってます。




 ――まあぶっちゃけて言うとだ。

 ミゲルと名乗った金髪兄ちゃんに拉致られた後、強制イベントのごとく宇宙船に乗せられて、気がついたら地球にあるザフト軍南大西洋基地に連行されたって話だ。はっはっは、笑えねぇ。

 いや、私もそれなりにがんばった。船に乗った途端「俺徹マン明けで寝てないんだよ」とか言って爆睡かました初対面の相手のほっぺたをつねり上げて揺さぶるぐらいにはがんばった。
 最終的には寝ぼけた相手にうるさいとヘッドロックかけられ、酸欠状態になりながらもすねを狙ってみたりと色々がんばってはみたのだが、いくら事情説明を求めて起きない。
 仕方がないので、船内のほかの乗組員に事情を聞きに行ってはみたのだが、返ってきた答えは「自分には分かりかねます」オンリーオール。

 いい加減疲れて眠って気がついたらシャトルに乗り換えられてて、それこそ「あ」と思うまもなくこの青い空。白い雲。紺碧の海! みたいな世界に放り出されてしまってさ。

「あー信じられん」
「まだ言ってるんかい? お前さんも往生際が悪いね。カルシウム取って忍耐養いな。そんなんだから発育も遅いんだろ」
「はは。余計なお世話です、おやっさん」

 隣でカラカラ笑ってるのは、この基地に来てから知り合った兵士のおやっさん。本名はほかに聞いたのだが忘れた。おやっさん呼びが定着してしまったからだ。
 麗しいザフト兵ばかりの中でひときわ異彩を放つひげ面がチャームポイントの三枚目美中年だ。

「連絡は取ったんだろう? そのうち帰れるって」
「いや、帰るって言っても」
「心配すんな、するだけ無駄だ。腹も減る。今は栄養補給情報収集快眠快便だ!」
「最後のだけ余計です。今からごはんなのに……」

 ほどほどに美中年なのに、言ってることが少しおかしい。
 だが、やたら美形ばかりのザフト兵に囲まれて戦々恐々だった私にとって、ひょうひょうとした雰囲気のおやっさんはすごい心の癒しである。――例え快腸快便下ネタばかり言ってても。

「けどなぁ。本国付近で何かドンパチあっただろ? 当分は間をおかないと負傷兵の対応なんて後回しになるからな」

 そう。おやっさんの言うとおりだ。
 詳しくは知らないが、プラント本国の領域で何か大きな戦闘行為が行われたらしく、その対応でザフトもおおわらわだそうで。
 私の出した『記憶障害、療養期間。足つきと呼ばれる船の行方はどうなってるの』という問い合わせは棚上げされているらしい。
 おかげどうしようもなく。かと言って兵士である彼らに混じって訓練だ作戦会議だなんて出来ないから、基地内をふらふら徘徊する事になった。で、同じように暇そうにふらふらしているおやっさんと井戸端会議をし、ご飯を食べに行くのが最近の日課になってしまった。

「ミゲルやラスティは何て言ってた? あいつらが連絡係してくれてんだろ?」
「赤服や二つ名持ちの特権生かして意見出してはくれてるみたいですけど……どうにも」
「だめだってか」
「はい……」

 うっかり早とちりで負傷兵(ということになってる)を拉致ってしまったことで、ミゲルは多少の責任を感じたらしい。
 今ではその友達のラスティを巻き込んで、この基地での生活の世話をしてくれている。

 それはとてもありがたいことなんだが、彼らは兵士の中でもなかなか上の立場にいるらしく、いつも忙しそうでそう簡単には会えない。
 だから問い合わせがどうなってるのかも聞く機会がほとんど無くて――。

「どうなってるかすら、さっぱりなんです」
「ま、気落ちしなさんなや。そのうち吉報が入ってくるやな」
「そうだといいんですけどね……」

 ふうっとついたため息は、食事に沸く兵達の喧騒に掻き消えた。

モドル | ススム | モクジ