アスタリスク
-10-
「……眠れない」
ポツリと零すと、はベットから身を起こした。
椅子にかけていた上着を手に部屋を出る。人気の無い廊下に出て、忍び寄る冷気の思っていた以上の冷たさに身震いをひとつ。
初夏とはいえ、海の近くに立つこの宿舎は夜になると底冷えする。
手早く上着を羽織ると、どこともなくは歩き出した。
ラクス・クラインが行方不明になってから、数日が過ぎた。
捜索隊が編成され、彼女の乗った宇宙船の足取りも捜索されてはいるようだが、その行方はようとして知れず。
ニュースからその情報がもたらされた当初は、基地内はその話題で持ちきりになった。みな不安そうに、ラクス嬢の無事な帰還を望むばかりだったが、現実はそんなに甘くは無かった。
彼女が乗った宇宙船のパーツの一部らしきものが発見されたと報道があってからは、その話題を持ち出す者もいなくなった。そして、皆一様にその事件に関して口を閉ざした。
一見すると平穏な日常が戻ったかに見えた。
けれどそれを否定するように、この基地でも日夜何らかの作戦行動が行われているらしく、兵たちがあわただしく毎日を過ごしている。
特に上層部の方では情報による浮き沈みが大きいらしい。
その一端を担うミゲルやラスティは、以前にもまして忙しい日々を送っているようだった。ここ数日、は彼らの顔すら見ていない。
ゆえに詳しい話を、まったく聞けない状況にあった。
自分の処遇も。ラクスの行方も。
ひとつ、息がこぼれた。
このところずっとだ。何か重苦しいものが、胸の中に居座って去ってくれない。
――気になるのだ。彼女の安否が。
知り合いと言うほどの面識があるわけでもない。むしろその逆で、話をしたことがあるのはプラントで合ったあの時、たったの一度きりだ。
それでも、言葉を交わしたことがある人が行方不明という事実が、ひどく自分を落ちつかなくさせていた。
(慣れてないから、かな。こう言うの)
ふとした時思い出すのは、柔らかな微笑み。そしてその奥に見えた強い意志を秘めた瞳。
そのあまりの鋭さに、あの時は嫌われているのだろうかと思ったものだが、今思い返してみると何か違っていたような気がする。
何かを見定められていたかのような、そんな瞳だったような……。
何とも不思議な感じだ。もしかして、ばれたのかとも思ったのだが。
苦い重いが、じわりと胸にこみ上げた。
――本物の。間違えられた。
普段は考えないようにしていることだ。考えると、たまらなく不安になるから。
けれどこんな風に、寝苦しい夜は、どうしても考えてしまう。
自分はどうしてここに来たのか。
なぜ同じ名前、同じ容姿の人間と間違えられているのか。
ばれたらどうなるのか。例えそうはならなかったとして、いつまでこのままでいられるのか。
本当のは無事なのか。
自分は帰れるのか。
ぶるりと頭を振って、は瞳を閉じた。
――考えるな。今は、まだ。
大きく息を吸い、乱れた呼吸を整える。
幾度か呼吸を繰り返すと少し気持ちに余裕が出てきた。さあ、部屋に帰ろう。
布団に入って一晩寝れば、この物思いもきっと消えてくれる。根拠の無いその思いつきを信じて、踵を返した時だった。
「ああ、良かった。こんな所におられたのですね?」
「……え?」
背後から聞こえた声に、は落としていた視線を上げた。