青春10題

モドル | ススム | モクジ

  イベント強制終了……?  

 運命の女神様に問い詰めたい。膝を詰めて小一時間問い詰めたい。

 ――神様ありがとうかんしゃしてまーす、と。

「問い詰めて無いじゃん」

 そんなリョーマの突っ込みも、今の私には馬耳東風だ。暖簾に腕倒し、ぬかに釘! 怖いものなんて何も無いね。あっはっはー!と高らかに(心の中で)声を上げたところで気がついた。
 ちょっと待て。何でリョーマの声が聞こえるんだ?

「越前、お前も来ていたのか?」
「近くにおやじの知り合いが良いテニスコート持ってるんスよ。今日はそこで泊りがけの練習っス」

 断りも無く座敷に入り込み、ちゃぶ台に乗っていた私が買ったジュースをごくごく飲み始める。その姿に遠慮という文字は無い。

「ちょっとそれ私の……!」
「いいじゃん、別に」

 よくない。全く持ってよくない。私だって喉渇いているんだ。
 かえせよと手を伸ばす私から、リョーマは座ったまま器用に避けている。ええい、ちょこまかと!
 昔から反射神経がずば抜けて良かったリョーマだが、最近はテニスの練習の成果もあってか、更にその精度が増してるような気がする。こちらが本気でかからないと捕まえられないのは分かっていたけれど、斜め向かいに座る先輩の存在がどうにも私の思い切りを止めていた。

 「泊りがけ、か……」

 ぽつりとこぼれた言葉に目をやると、思案に暮れていた先輩が伏せていた視線をすっと上げた。

「ならば宿泊施設もあるということだな」
「ま、そうっスね」

 ぐっと身を乗り出す先輩に、え、と私は手を伸ばす。
 ……なんだか、ものすごく雲行きが怪しくなってきた気がする。

「すまんが、そちらに泊めてもらえないか、越前」
「いいっスよ」
「本気っすか!?」

 雲行きとか言う問題じゃない。曇り通り過ぎて空はとっくに雨模様。豪雨だ、嵐だ、台風だ。
 動揺で心の中はすっかり暴風雨。風にあおられて前後不覚な私が失敗に気づいたのは、驚いたように見開かれた先輩の目を見た時だった。

「……? ?」
「な、なんでもありません、先輩。気のせいです。錯覚です幻聴です」

 苦しいごまかしなのは自分でよく分かってる。だからそんな目でこっち見んなリョーマ!
 雰囲気を変えようと咳払いを一つして、ちゃぶ台に載せていた握りこぶしをそっと膝に戻した。吹き荒れる動揺を何とか押さえ、つつましやかに伏せ目がちに先輩を伺う。

「そ、それより、あの……そちらに泊まる、と言うのは?」
「いや、やはり同じ部屋というのは問題だ。どうしようかと思っていたのだが、ちょうど良かった。今日は越前の世話になろうと思う。迷惑かけたな、
「迷惑なんてそんなこと無いです。だから手塚先輩」
「先に行って宿泊人数の変更を伝えてくる。宿の入り口で待ってるぞ、越前」
「ウィッス」

 手早く荷物をまとめた先輩は、では、と一言残して去ってしまった。残されたのは腰を上げた姿勢でで呆然と立ち尽くす私。それと飄々とジュースを飲み干すリョーマ。

「……リョーマ―!!」
「残念だったね、寝込みを襲えなくて」

 目を吊り上げる私を横目に、ひょいと肩をすくめたリョーマは飲み切った缶を机に置いた。

「や、やだなそんな。私か弱い女の子ヨ? 寝込みを襲うなんてそんなはしたないこと」

 やるつもりだったさチクショウ。寝顔くらい拝ませてくれたっていいじゃないか。今だかつて無い貴重な光景を拝めるはずだったのに。……と言うか何でばれてる。
 訝しげに相手を見ても、そ知らぬ顔で無視された。

「……リョーマさ、何でこんな所にいるの? 週末の予定話した時、この辺に来るなんて全然言ってなかったじゃない」

 そうだ。ここに来る話をした時、リョーマは何も言ってなかった。来るなら来るって言えばいいんだ。そしたらわざわざ温泉饅頭買ったりなんてしなかったのに。3種類も箱買いをした私の気遣いをなんと心得る、この馬鹿者め!

「You a fool?」
「は?」

 唐突に英語を繰り出した相手に、私は非常に立腹した。アメリカ帰りのリョーマは、たまにこうやって英語で話しかけてくる。冷静に考えれば理解できそうなことしか言ってないのだが、英語が苦手な私に、こうやってこちらが興奮しているときを狙って使ってくるのだから、とことん性質が悪いと言わざるを得ない。今日こそこの悪癖を指摘してやろうと息巻いて振り向いた。が、しかし。
 振り向くと、驚くほど近くにリョーマの顔があった。そこれそ、息が触れ合うほど、――近く、に?

「       」
「……は」

 びっくりして後ずさる私を尻目に、リョーマは深く帽子をかぶりなおす。
 私の手は、さっきまで異常に接近しすぎていた右のほほに当てられている。息がかかるどころか、触れたんじゃないかと思うような感触が生々しく残っていて。
 不自然なほどに、頬が、あつくて。

「ちょ、……何、リョーマ。よく聞こえなかったんだけど」

 乱れる動悸を無視して呼びかけても、相手は振り返りもしない。小さく肩をすくめて、飄々と去っていった。

「な、何だったんだ……」

 消えた背中を見送って、私はその場にへたり込んだ。
 際限無く上がる熱の前に、なす術も無い。ただ、触れた頬が、熱くて熱くて仕方無かった。



青春10題「08.恋の病にて危篤状態」

モドル | ススム | モクジ