学校20題

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  周囲はパーフェクトワールド  

 何をするつもりだと眉をしかめる真田を手で制して、幸村は目の前に佇む少女に、にこりと微笑みかけた。

「で、何するつもりなのかな、さん」

 真剣な表情で幸村のジャージを引っ張っているのは、クラスメイトのだ。
 ちなみに弓道部の部長。

 めったに近づかないテニスコートに珍しく現れたと思ったら、幸村を、と急に名指しで呼びつけて来たのだ。
 何か先生方からの伝言でもあるのかと思いきや、いきなりこれだ。
 ざわつくテニス部のみんなの驚愕の叫びなんて、関係ないとばかりに無視を決め込んでいる。特に止めようと手を伸ばした真田に対して、こう言い放った。

「悪いが、少し黙ってくれないか、真田。今私は長年の疑問に挑戦中で胸いっぱいなんだ」

 笑っているが、恐ろしく真剣なまなざしで、自分を見る。
 その瞳の強さに、ぞくりと背筋が粟立った。

 全国でも屈指の強豪である立海大付属の弓道部部長を務める彼女の瞳は、同じ年頃の少女達に比べて格段に鋭く、強い。己が良しとしないものには決して譲らない。そんな傲慢なまでの力を秘めている。
 今もその鋭い視線は、真っ向から幸村に向けられていた。――さあ、どう出る?それはまるで、彼女に試されているかのようで。

 一度も言ったことは無かったけれど、幸村はこの目がとても気に入っていた。どこか自分達にも通じるものがある気迫だった。

 それは、戦う者の瞳だ。

「……いいよ。さんの好きにするといい」
「幸村!?」
「真田、黙って」

 愕然と幸村を見る真田を、目で制した。
 本当にいいのか、と確認を取る彼女に、幸村は微笑みすら浮かべて頷いた。

「……」

 ごくり、と息を飲む。
 ひとつ呼吸を整えた後、はゆっくりとその手を引いた。






「……別にボタンで固定しているわけでもないのに、どうしてプレイ中外れたりしないんだ?」
「君が確かめたかったのって、これのことだったの?」

 しかめっ面でああ、と返すに苦笑いで返すと、ふと息が軽くなった。知らずに肩に力が入っていたらしい。
 ――呑まれていたのか。
 そんな気が無かっただけに、少し悔しい思いがした。

「ずっと不思議だったんだ。あんなに動いても全然落ちたりしないから……。いつか聞いてみたいと思って、そうしていたら君は入院してしまったし」

 幸村の上着を手に、彼女は珍しく笑った。
 不思議なほど、颯爽とした笑みで。

「君が『コートに帰ってきたら』真っ先に確認させてもらおうと思っていたんだ。邪魔してごめん」

 きっちりと頭を下げる。
 こういうところは、礼儀作法に厳しい弓道部の人間だな、と思う。やることは大体において突拍子も無いけれど、こうしたところが、彼女が教師にも生徒にも疎ましがられない理由の一つだろう。
 もちろん、それは自分も含めて。

「ありがとう。そして、おかえり。幸村くん」

 私が言うのもなんだがね、と笑って言う彼女に。
 手にしたジャージを受け取りながら、幸村は不思議と穏やかな気持ちで小さく感謝を述べた。



学校20題「15.周囲はパーフェクトワールド」

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