そして――。
その戦場(いくさば)を、那岐は小高い丘の上から見ていた。
「……」
双方の力は拮抗(きっこう)していた。
中ツ国の姫を先頭に立てる豊葦原と、数に勝る常世軍。
いくつかの小細工と、葛城将軍の指揮もあり、中ツ国の兵はなかなかの善戦を見せていた。だが、あと一歩。もう一押し力が足りない。
けれどそれが分かっていても、那岐にできることは何も無かった。準備はすでに整っている。
今はただ、己に課せられた役割。それを果たす時が来ることを待つ。
それだけが、己にできる最良のことだったのだ。
敵軍真っ只中に浮かぶ千尋の姿を視界に入れながら、那岐はじりじりした思いでその瞬間(とき)を待っていた。
乾いた荒野の風に目が霞む。
ふいに、羽ばたきが聞こえた。
「よう! 待たせたな!」
快活な声と共に現れたは、巨大な羽根を持つ日向の民の男だ。身に纏(まと)った赤い衣をなびかせ、那岐の真横に降り立つ。
ばさりと振るわれた翼。
そのせいで舞い上がった砂埃に、那岐はうっとうしそう目を細めた。そして、一言。
「遅い」
「んなこと言うなよ。これでも一仕事してきて大変だったんだぜ」
ふてくされたように言うサザキである。
よく見ると衣装の端々は埃(ほこり)にまみれ、射抜かれかけたような穴すら見受けられた。
「布津彦ががんばってくれたんだがな。個人で持ってた弓矢なんかはどうしようも無いからな」
そんな弓兵もだいぶ引き付けて来たから、姫さんの負担も減っただろう。
そう自慢げに話す相手につまらなそうに嘆息することで返して、那岐はくるりと背を向けた。
風が変わった。
目を凝らして見てみると、先ほどまで一歩も譲らなかった常世の兵が、少しずつ砦の東側へと移動している。
岩砦に籠っていた兵達と常世の皇子の参戦により、敵兵に動揺が走っていた。やはり自国の、それも民に慕われていた皇子を手にかけるのは、兵士達にとって並々ならぬ覚悟がいったのだろう。
奇襲によって乱れた陣形を整える意味も有り、少し引き、大勢を立て直す算段が見て取れた。――柊の読み通りだ。
「あと、少し」
後退する兵を見る。
その下に広がる平野。そこにある目に見えない紋様を、那岐の瞳は確かに捉えていた。
「――かかった」
言うや否や、那岐は素早く祝詞を上げ、複雑な印を切った。
その後ろで、サザキは神妙な顔で意識を集中していた。ゆらり、と二人から紅の光輝が舞い上がる。
「南天を守りし美しき翼」
「頼むぜ、力を貸してくれ!」
光の円陣の中、唱和が響く。
「「舞い降りよ、聖獣朱雀!」」
鳥の鳴き声が聞こえた気がした。
不審に思い動きを止めた常世の兵の前に、突如、炎の壁が現れた。
「な、何だ、これは――!?」
逃げ惑う兵を取り囲むように広がる炎とともに、鋭い雷光が天を裂く。
その赤が常世の荒野に走った時、長く続いたこの戦いは終りを迎えたのだった。
そして――。