捜されますか、と聞く部下に、アシュヴィンは鼻で笑って答えた。

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 ようやく帰途についたアシュヴィンが本拠地である幽宮にたどり着いた時。
 彼を見た人物の瞳には、どこか不穏な気配が満ちていた。

「騒々しいな。何をそんなに騒ぎ立てている」
「アシュヴィンか。お前、千尋を見なかったか!?」

 詰め寄ってきたのは、日向の民の男、サザキだ。ただでさえ目にうるさい朱色の羽をはためかせ、中空より滑空してくる。

「いや、見ていない。この宮には帰ってきたばかりだ。……何かあったのか?」

 問いかけると、ちょうど回廊の向こうからリブが姿を現した。
 アシュヴィンの姿を目に留めると、少し焦ったように、小走りに駆け寄ってくる。

「ああ、殿下。無事のお戻りで。……それが、少し困ったことになりまして」
「千尋の姿が見えないんだ。さっきから手分けして探してるんだが、一行に見つからねぇ」

 厳しい顔で答えるサザキである。先ほどから落ち着き無く、羽をばたつかせている。

「荒魂(あらみたま)が現れたせいで、兵士も幾人かそちらに割いてしまって……探すのにも限度がありまして、はい」

 頭をかきながら、リブが言う。その内容を反芻し、アシュヴィンはしばし無言で考える。

「くそ、もう一度探してくる」

 絶えられなくなったサザキが飛び去った。それを目で追い、一拍して、アシュヴィンはリブに意識を戻す。

「で、お前がそれほど策を弄していないのは何故だ?」
「はあ、殿下にはかないませんね」

 先ほどの焦りはなんだったのかと思うほど、リブはいつもの調子で飄々と説明した。

 千尋と同時に土蜘蛛の遠夜の姿も見えなくなったこと。いなくなる直前に、二人が一緒にいたのを見た兵士がいたこと。
 以上から考えて、二人が一緒に行動しているのは想像に難くないと。

「丘一つ越えた先には、巡回の兵もおりますし、それ以上遠くには出向かれていらっしゃらないかと思います。宮周辺は姫達が到着する前にあらかた『整理』しておいたのでそれほど危険はございません。捜索のため信頼できる手のものをすでにいくらか出しておりますが」

 捜されますか、と聞く部下に、アシュヴィンは鼻で笑って答えた。
 宮を抜け出すなど、あの行動派の姫ならばやりそうなことだ。それに、ちゃんと護衛の一人も連れている。さして問題も無い。

「ただの散歩だろう。そんなに目くじら立てることもあるまい」

 自分にも身に覚えのあることだけに、アシュヴィンの態度も寛容だった。むしろ、やはりやったか、と自分のときを思い出して愉快な思いすらした。
 ただ、和平の証として常世の皇子の下に嫁いだ中つ国の姫が、到着早々脱走したなどと言うのは聞こえが悪い。

 そんな耳目だけは気にして欲しいものだな、と皇子は考えたのである。



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