太陽だ。黒い太陽が、千尋たちを見ている。
主力部隊と撹乱部隊とに軍を分けた常世の皇子と二ノ姫は、それぞれの部隊に別れて進軍していた。
「な、――読まれていた!?」
突如起こった鬨の声に、まさかと油断していた二の姫の軍は完全に浮き足立っていた。
「そんな馬鹿な!? 向こう注意は完全に主力部隊に行っていたはず。側面に回りこむ姫の部隊が気づかれるはずが――!?」
千尋達、第二軍は今回の作戦の要の存在だった。主力を率いてのアシュヴィン達、第一軍とは違い、強襲・撹乱が目的の部隊。
敵に見つからないように、細心の注意を払って行軍していたのである。
連れて行く兵も厳選した。できるだけ見つかりにくい道も選んだ。
かなりの数の兵力を割いて先行させ、敵の斥候部隊を捕らえるのにも成功していた。これならば、確実に敵兵に見つからずに、根宮の側面叩けると思っていたのだ。
なのに、こんな――。
眼前に広がる惨状に、千尋の表情がきゅっと引き締まる。
何とかして退路を確保しようと模索していた矢先。ふいに、何かの視線を感じて千尋は背後を振り返った。
(…………)
後ろにいるのは、千尋の身を守るために付いてくれている風早と、自軍の兵士のみだ。何も怖がる必要も無いものばかり。
なのに、なぜだろう。嫌な予感が、離れてくれない。
「……まさか」
冷たい汗が頬を伝う。
まるで金縛りにでもあったかのように、体の自由が利かない。その千尋の影を縛り止めているのは――。
太陽だ。
黒い太陽が、千尋たちを見ている。
遮る物も何も無い、この戦場で、乾いた空に浮かぶ禍々しい黒き太陽だけが、その全てを見据えている。
千尋達の行いなど、ちっぽけな虫けらの悪あがきだとでも言うかのごとく。
ぞくりと、背筋に何か冷たいモノが駆け抜けた。
空に浮かぶ太陽は、その光を弱める事無く、容赦無く逃げ惑う兵士達を照らし続けている。くすぶり、上がる、闇のように黒い炎が。
「――しまった!」
気づいた時には、もう遅かった。恐るべき勢いで后妃軍を襲った敵軍は、すでに陣中深くまで切り込んでいて。
混乱のさなか、千尋は一人、戦場を突っ切るしか無くなっていたのである。